118、また明日は嬉しいです
お久しぶりでございます。第5章突入です!これからまた少しづつ更新していこうと思います。どうぞよろしくお願いします!
「ゆめ…?」
不思議な夢を見た気がする。私だけど、私じゃない誰かの夢。
とても、悲しくて、さびしくて、でも、少しだけ、幸せだった。そんな夢。でも、出来る事ならもう二度と見たくないとも思う。
経験したことが無いはずなのに、胸の中にもやもやしたものが渦巻いていく。
夢の内容まで鮮明に思い出す事は出来ないのに、その時に感じた不安が私の中を支配する。
大丈夫。あれは夢だから。
そして、ふと、窓の外に目をやると、日が高い所に昇っていた。もしかしたら、もうすぐお昼かな。
少し、寝すぎたかも。
あたりを見渡すと、ここが私の部屋ではない事に気付く。居心地が良くて、すぐには違和感を感じなかった。
ここは、ソフィアの部屋だ。
「ん、ぅ」
声がして振り返ってみると、私の隣で、大好きなソフィアが目を閉じて眠っていた。
ソフィアの手が、私とソフィアの顔の間にあったのに気が付いて、ソフィアを起こさないように、そっと手を握る。
何だか、不思議な気持ち。まるで、さっきまで感じていた黒いもやもやしたものが消えていくみたい。
いつもしっかりしているソフィアの穏やかな寝顔を見ると、安心する。ルートお兄様にも見せてあげたい。こんなに可愛い寝顔を見たら、きっと好きになるよ。
ルートお兄様も、ソフィアの事を好きだといいな。
ソフィアがルートお兄様の事を好きだというのは聞いた。もしかしたら、私を安心させるために出た嘘かもしれないけれど、私は
『それに私、ルートハイン殿下の事、好きよ』
といったソフィアの表情を信じている。あんなにも、幸せそうだったから。その感情が、少し羨ましかったけれど、私は、大好きなソフィアが好きな人と婚約、結婚出来るなら嬉しい。
それにしても、どうしてソフィアはルートお兄様の事を好きになったんだろう。確かに、ルートお兄様は素敵な人で、優しくて大好きだけど。
でも、私は忘れていない。以前、ソフィアに、
『ソフィアは、ルートお兄様の事が好きなの?』
って聞いた時の表情は絶対忘れない。怖かったもん。恋に落ちるのは一瞬って聞いた事があるから、ソフィアもそうだったのかな?
学園で見ていた二人は、特別な関係には見えなかったけれど、でも、二人でいる所を何度も見た。もしかしたら私達が知らないうちに特別に仲良しになったのかもしれない。……ちょっとだけ、ソフィアをとられたみたいで寂しいけれど、ソフィアが幸せならいいもん。
私はルートお兄様の事は好きだけど、ソフィアを幸せにしなかったら許さない。ソフィアを泣かせたら許さない。だって第二王子であるアル様の婚約者であって、女性である私には、これから先、本当の意味でソフィアを支える事は出来ない。幸せにし続ける事が出来ない。それが出来るのは、ソフィアが望んだ相手だけ。私ではない。
ソフィアと一緒に居たいという願いは、私にとっての幸せで、ソフィアの幸せではない。ソフィアの幸せはソフィアだけのものだから。寂しいけれど、仕方がない。
「んぅ、しる、ふぃー……?」
しばらくソフィアの寝顔を眺めていると、ゆっくりとソフィアが目を開いた。
「おはよう、ソフィア」
「おはよう……」
ソフィアは目を擦りながら欠伸をする。
「思ったより、寝ちゃったね」
「ふふ、本当ね」
起き上がってみると、やっぱりもうお昼に近かった。
「お腹空いたわね」
ソフィアがそう言うと同時に、私のお腹が鳴った。
「ふふ、シルフィーもお腹空いたわね」
「うん」
よいしょ、と言ってソフィアはベッドから降りる。
「着替えるわよ。ほら」
ソフィアが渡してくれたのはソフィアの服。
「?」
「着替えないでしょ?」
あ、そうだった。昨日着ていた服は今洗ってくれているみたいだから。
「ありがとう」
「いいえ」
「ふ、ふふっ」
「むぅ……」
ソフィアは今、口元を押さえて、笑いを堪えている。
「ふっ、あはは!」
そしてとうとう声に出して笑い始めてしまった。
「もう!」
「ご、ごめ…、ふふっ!」
もう!
ソフィアはいつまでたっても笑い終わる様子が無い。
何故今、こんなにもソフィアが笑っているかと言うと。
「私が小さい訳じゃないもん!」
ソフィアのドレスが私には大きすぎたのです。
「まさか、こんなに布が余るとは…」
ネグリジェは裾が短めに、袖も少し短めに作ってあったけれど、このドレスはソフィアの体に合わせて作られている。つまり、私がそれを着ると、裾は床につき、袖は萌え袖みたいになっている。幸い、首元はもともと詰めて作られているので、胸元が見えるという事はない。
でも、このままだと人前を歩けない。裾を引きずらないといけないからドレスを汚してしまう。
「はぁー…、」
ソフィアはやっと笑いから解放されたようで、落ちつくようにため息をつく。
「それにしても、どうしようかしらね」
昨日のシルフィーの服も洗濯していて、今は無いし、とソフィアが呟く。その時、
コンコン
と、ノックの音が響いた。
ソフィアは一度私の方を見て「メイドだけど、入って貰ってもいいかしら?」と聞いた。恐らく、私が着替えきれていない所を見てそう聞いてくれたのだと思う。
特に問題は無いから頷いて答える。
ソフィアが許可すると、メイドさんがお盆をもって入って来た。
「おはようございます、お嬢様、シルフィー様」
「おはよう」
「おはようございます!」
果たして今が「おはよう」の時間なのかはおいておこう。
「昼食をお持ちいたしました」
ごはん!
「……目がきらきらしてるわね」
「ふふ、可愛らしいですね」
あ、思わず……。
ソフィアとメイドさんに、なんだか微笑ましいものを見る目で見られている。お腹減っていたから仕方ないよね?
そして、やっぱりおはようの時間ではなく、こんにちはの時間なのね。
「あ、シルフィー、お昼ごはんハンバーグみたいよ」
「はんばーぐ!」
嬉しくて思わず両手を上げる。ハンバーグは大好き!
そして、私の手が隠れている袖を見たメイドさんが違和感に気が付いたみたいだ。
「あの、シルフィー様のそのドレスは……」
やっぱり気になりますよね。だぼだぼだから。
「シルフィーが小さすぎて合う服が無いのよ」
「ちょっ…!」
そんなはっきり言わなくてもいいのに!
「お嬢様がよろしければ、昔の服がとってありますが」
「あ、そうね。私の昔の服なら合うかも」
昔の服……。貸して貰えるのは本当に嬉しいのだけれど、昔っていつ頃の事だろう。今の私はソフィアの何歳頃の身長なんだろう。10歳の頃、とか言わないよね?私、そんなに小さくないよね?
「では、昼食後にドレスをお持ちしますね」
「ええ、お願い」
取り敢えず、今は袖をまくって、なんとか過ごそう。
「こちらを」
昼食を食べ終わった私に、メイドさんがドレスを持って来てくれた。
「ありがとうございます!」
「それでは、お手伝いいたします」
ゆっくりとドレスに腕を通していく。ソフィアのドレスは可愛いけれど、私はあまり着ないから新鮮。私のドレスは基本的にフリルの多い可愛い系が多い。でも、ソフィアは装飾が少ない綺麗系のドレスを着る事が多いらしい。普段は制服だから知らなかったけれど、ソフィアは可愛い系でも、綺麗系でも似合いそう。
「シルフィー様は細いので、コルセットはいりませんね」
「そうね」
コルセットは好きではないので嬉しいです。
私がぼーっと立っている間にも、メイドさんはささっと背中の紐を結んでくれる。ソフィアの着替えはもう終わった様子で、ソフィアはソファに座って紅茶を飲んでいる。それで私を観察している。私の着替えなんか見て何が楽しいのだろうか。
「ちなみにソフィアさん……」
「ん、なに?」
「このドレスはいつ頃のものでしょうか……」
10歳とか言われたら泣きますよ?
「そうね……、10さ…、13歳の頃かしら」
ん?今、一瞬10歳って言おうとしていませんでした?ただの言い間違いですよね?
「ソフィアは2年間ですごく身長が伸びたんだね。という事は、私にもまだ希望がある。2年あれば、伸びるかも」
「……そうね。頑張って」
何ですか、その生暖かいまなざしは。
「それにしても……、」
ソフィアは言葉を続ける。
「意外と似合っているわね」
「え、本当?」
それは嬉しい。
いつも首元まで隠れているドレスを着ているから、デコルテが広いドレスなんて初めて。綺麗系のドレスが似合うなら、これからも着たいかも。お母様にお願いしてみようかな。
でも、そうだよね。私は元悪役令嬢のシルフィーだから、綺麗系のドレスが似合って当たり前だよね。何せ、小説のシルフィーは綺麗系のドレスの方が多かったのだから。……あれ、となると、私は綺麗系のドレスの方が似合う?もしかして、可愛い系のドレスは似合わない?!そ、そんな事ないよね?!今まで誰も何も言わなかったもんね?!
「何を考えているか知らないけれど、ドレスはシルフィーが好きなものを着たらいいと思うわよ。私もそうしているし。」
「……!」
何を考えているか知らないと言いながらも、ソフィアは私の考えに的確にこたえる。
確かにそうだよね。似合うドレスを着るのもいいけど、やっぱり、大好きな服を着るのがいいよね。私は可愛い系のドレスが好きだけど、今着てみて、綺麗系のドレスも好きになったかも。
今着ているドレスはレースとかが少なくて、首元がしっかりあいている。何なら、肩にも布が無い。胸元から腕には布があって……、説明が難しけれど、身体のラインがはっきり出る様なドレスです。水色って所がソフィアを連想させて素敵。
まるでパーティードレスみたい。
「あとは、これでも羽織っておきなさい」
そして渡されたのが真っ白のレースの羽織。
「可愛い!」
いそいそとそれを羽織ると、水色のドレスと良く似合っていた。
着替えが終わると、メイドさんがドレスに似合うように髪をアップにしてくれる。メイドさんによってさらさら~っと編み込まれていく髪を鏡越しに見ていると、
「そのドレスと羽織、あげるわ」
とソフィアが言ってくれた。驚いて振り返りそうになったけれど、メイドさんが髪を結んでくれている事を思い出して、鏡越しのソフィアの顔を見る。
「え、いいの?」
てっきり貸してくれると思っていた。
「勿論。もう小さくて着れないしね。ならシルフィーに着てもらった方がドレスも喜ぶわ。」
遠回しに私を小さいと言っている事は置いておこう。
「嬉しい!」
絶対おうちでも着るんだ!
「あ、アル様にも見せてみようかな」
「あら、いいじゃない」
だよね!
「前の私達には縁がない服装だからこそ、今は好きな服装を楽しめばいいと思うわ」
ソフィアは、メイドさんが部屋を出ていったことを確認してからそうつぶやく。
「確かに、日本ではドレスなんて着る事ないもんね」
「どちらかと言うと、日本は着物だったものね」
確かに。でも、
「私、着物、着た事ないなぁ。」
一度でも着てみたかったけれど、結局着る事なく死んでしまった。
「え、そうなの?」
「うん、だって着物って高いし…」
「そっか…」
この世界に着物があれば着てみたかったけれど、ここにはない。この世界では、和の要素は少ないから。でも、何年か前に少し和食が出てきてくれた事が嬉しかった。桜だってある。
「ソフィアは着物着た事あるの?」
「ええ、一度だけね」
「いいなぁ」
それからソフィアは少し考え込むように黙ってしまったけれど、すぐになんでもないようにまた話を始めた。
何もかも、日本とは違う。今までの当たり前が、この世界では当たり前じゃない。
でも、それでも。
私達は、この世界で生きていくしかない。『桜』と『悠里』ではなく、『シルフィー』と『ソフィア』として。前世で大切だったものはどうやっても戻ってこない。仕方がない事だ。
もう、夕方だ。流石にそろそろ帰らないと。
起きたのが遅かったから、時間が経つのもあっという間。
「お邪魔しました」
「いいえ。こちらこそ、ありがとう」
ソフィアが元気そうで良かった。友達とお泊りなんて初めてだったから、とっても楽しかった。
「また、明日」
「うん、また明日」
『また明日』
そう言えるのが、とても嬉しかった。当たり前だった言葉が、一度、言えなくなっていた。でも、もうこれから先は言える。当たり前のように言える。それがとても嬉しい。
だけど、別れる瞬間、笑っていたソフィアの表情が曇ってる気がした。