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117、救いは近くにありました



 体を洗い終わったソフィアもお湯に入る。私は思わず、ソフィアの隣に行って肩を寄せる。


「ふふ、いいわね、こういうの」

「ね」


 お互い目を合わせて笑う。


「でも、本当に変わってないわね」

「ソフィアだって」


 この世界に転生して12年。多くの時が流れているにも関わらず、私達はあの時と変わらない。優しくて、温かくて。まるで自分自身が戻って来たかのような感覚に陥る。満たされたようにさえ感じる。


 幸せって、こういう感情の事を言うのだろう。



「私ね…、」


 ソフィアは私の肩に頭を預け、ぼそりと呟く。


「私…、」


 でも、ソフィアは言いづらいようでなかなか言葉に出来ない。でも、私は待つよ。だって、時間はたっぷりある。これから、ずっと一緒なんだから。


 ソフィアは決心したように私の手を握る。


「私、高校性の時に死んだの」

「え」


 ソフィアの告白は、私が想像していたものと大きく異なっていた。


「病気で」


 私は、てっきり、天寿を全うしたから転生したのだと思っていた。でも、そうではなかった。……もっと考えるべきだった。

 もし、天寿を全うしていたとしたら、ソフィアは、こんなに鮮明に私の事を覚えているはずがない。

 私だって、10年ほどしかたっていないのに、前世の記憶は曖昧になってきている。それを何十年も生きていくうえで覚えていられる訳が無い。人の記憶は、少しずつ色褪せていくものだから。


「そう、なんだ……」


 かける言葉が見つからない。


「確かに、最初は病気って事が信じられなくて、戸惑ったわ」


「たくさん泣いた」


「八つ当たりだってした」


 横に座っている私にはソフィアの表情が分からない。懐かしんでいるのか、悲しんでいるのか。


「でもね、その分、見えてきたこともあったわ」


 ソフィアの声色は、とても嬉しそうだった。


「私は、愛されていた」


「家族に、友達に、愛されていたの」


「最後にそれに気付けたから」




 『愛されていた』


 『最後に』




 その言葉がのしかかる。ソフィアは、もう『悠里』としての人生に区切りをつけているのだろう。私と違って…、



「それにね、私、幸せなの」

「え?」


ソフィアの声は明るかった。


「だって、もう一度あなたに会えたんだもの」

「…っ!」


 視界が潤んでくる。


「そういう事いわないでよ…!ただでさえ、今日は涙腺が緩いのに…」


 温かな雫が頬を伝うのを感じる。

 拭っても拭っても次々溢れてくるそれを、ソフィアがそっと拭ってくれる。

 そんなソフィアに、さらに言い募る。


「私も、私の方が会いたかったんだから!」


 転生してから何度、悠里ちゃんの事を思い出したと思っているの?私の中で一番大きな存在は、いつだって悠里ちゃんだったんだから。


 ソフィアと過ごす毎日だって本当に楽しくて、何度も悠里ちゃんを彷彿とさせて泣きそうになった。


 ずっと、ずっと我慢していたんだから、今日くらい思い切り泣いてもいいよね。


 裸だけど、思い切りソフィアに抱き着いてやる。


「大好き。だいすき」

「私も好きよ」


 思い切り泣いて、少しのぼせてしまったので、風呂から出ることにした。





「意外と似合うわね」


 私はソフィアに借りたネグリジェを着ている。やっぱり布が余ってる……。


「このダボっと感がいいわね」


 裾は引きずるまではいかないけど、手は隠れてしまう。


「どうして私はこんなに小さいのかな…?」


 私はソフィアと同い年なのに、こんなにも違う。どうしてだろう。


「私は可愛いと思うけどね」

「……そう?」


 それでも私は、大きくなりたい。私はいつだって、子ども扱い。


「いいじゃない。どうせ、いつかは大人にならないといけないのだから、今くらいは子どもでも」


 その『いつか』は私にとっては『今』だ。


 私は、早く大人にならないといけない。大人になる事と身長は関係ないけれど、でも…。


 わたしの不服が伝わっていたのか、ソフィアは思案顔になったが、何も思いつかなかったようで、私の頭を撫でて脱衣所を出る。





「これ、飲んでおきなさい」


 ソフィアが勧めてくれたのはリンゴ水。


「ありがとう」


 多分、私達がお風呂に入っている間にメイドさんが用意してくれたんだね。ひんやりしていて美味しい。


「ぷはぁ」


「それを飲み終わったら寝るわよ」

「えー…、もう?」

「あなたに夜更かしなんかさせたら、殿下に怒られるわ。もし話をしたいのなら布団で話をしましょう」

「はーい」





 二人で一緒に布団に入る。ベッドもとても広いから二人で一緒に横になってもまだ十分に余裕がある。


「ほら、もっとこっち」

「うん」


 ソフィアと並んで寝転ぶとぎゅっと手を繋ぐ。

 ソフィアと触れ合っていると、アル様とぎゅっとしている時みたいに幸せな気持ちになる。


「お泊りなんて初めてね」

「うん」


 しんと、静かになる。


 夜の闇と、月明かりが私達を照らしている。


「あのね、」

「ん?」


 どうしても、私はどうしても言っておかないといけない事があった。


「あの…、」


 私なら、何とか出来たかもしれない事。


「ごめん。ソフィアの人生、変えた」

「え?」


 私が、ずっと気になっていた事。


「私が覚えていれば、ソフィアは普通の、風の魔法使いとして生きていけた」

「……」

「光の魔法使いとしてじゃなくて、ソフィアとして生きていけたのに…」


 恐らく、ソフィアのこの先は、ソフィアが自分で選び取る事は難しい。婚約者だって、もう決まっているはず。


「私はソフィアに、政略じゃなくて、ソフィアが選んだ人と幸せになって欲しかった。私はこの小説の事を知っていたのに。私なら、あの事件を予測して、回避出来たはずなのに」


 私がここまで言うと、ソフィアは繋いでいる方と反対の手で私の頬を引張る。


「ふぉひあ?」


 ソフィアはため息をついて私の頬から手を離す。


「ばかね」


 言葉とは裏腹にソフィアの顔はすごく優しかった。


「あんたのせいじゃない。あんたが死んでから、あんたに貸していた小説が手元に戻って来たの。その小説の栞は途中に挟まっていた。あんたが最後まで小説を読んでいない事なんて最初から分かってたわ」


 ゔ、全部読んでいないの、ばれてましたか。


「あんたの事だから、最初にあらすじがてら、パラパラと挿絵を見ながら流し読みしたんだろうなって。いつも物語りの結末を知っていながらも途中が曖昧なのよ」


 わあ……。全部ばれてますよ?ソフィアの観察眼凄いです…。


「だから、あんたのせいじゃない」


 ソフィアの顔は、とても優しくて、思わず泣きそうになってしまう。


「最初は、どうして私がヒロインなんだろうって思ったわ」

「うん…」

「でも、今は私がヒロインで良かったと思っているの」

「え?」


 ソフィアは目を閉じて、想い馳せるように呟く。


「私がヒロインで、小説を覚えていたからこそ、第一王子殿下を助けることが出来た。小説のソフィアは間に合わなかったから」


 そうだ。本当なら、今現在、第一王子殿下はいない。

 今頃、悲しくて、苦しくて、寂しい感情がこの国中に漂っている所だった。


 アル様だって、悲しんでいたはず。悲しいのに、王太子として、忙しくもなる。私も王太子妃として……。


 そんな悲しい未来は、いやだ。


「それに私、ルートハイン殿下の事、好きよ」

「え?」


 ソフィアの急な告白に驚く。


「お父様に言われたの。ルートハイン殿下と婚約するって」


 私もアル様に言われた。ソフィアは、ルートお兄様と婚約をするだろうって。ソフィアは…、光の魔法の使い手は貴重。だって、ソフィアしかいないから。


「小説のキャラクターなんかじゃない。一緒に過ごして、好きになったの」


 そういうソフィアの頬は赤く染まっていて、とても幸せな表情をしていた。私はその幸せそうな表情がひどく眩しかった。


「この世界に転生した事、後悔していない。本当に嬉しいの」

「うん……」


 私も後悔していない。前世で、私を好きになってくれた人と離れたのは悲しかったけれど、今、こうして出会う事が出来た。


「確かに、残してきた家族には申し訳ないと思っているわよ?娘が若くして死んだんだから。でも、後悔はしていないの。私は、精一杯『私』を生き抜いた」


 精一杯……。


「だから、今回は健康な体で、もう一度『私』を生き抜く」


 そうか。ソフィアには覚悟が見える。自分の人生を、自分でつかみ取る覚悟が。


「だからね、」


 ソフィアが、私の顔を見て、言葉を続ける。


「あんたも、『シルフィー』生き抜いて」

「『シルフィー』を…」

「あなたは、『ヒロインの為の悪役令嬢』ではないのだから」

「…っ!」


 私は今、どんな顔をしているだろう。


 ずっと心に残っていた事。


『悪役令嬢』


 それがこの人生においての私の役割。そう思っていた。『悪役令嬢』になるつもりはなかった。でも、いつも怯えていた。いつか、私の意思に反して、そうなってしまうのではないか。


「私は、」


 私は、どうしたいのだろう


「焦らなくてもいいの」


 ソフィアは、そっと笑った。


「あなたは、今まで通りのあなたでいいの」


 私で、いいの?


「ゆっくり見つけていけばいいわ。どうなりたいのか」

「うん…」





「私も、言いたいことがあった」


 そっと、目を閉じて、まどろむ中でソフィアが言葉を紡ぐ。


「ずっと、謝りたいと思っていたの」


 謝りたいこと?


「私が、桜に小説を勧めたせいで、シルフィーは自分が『悪役令嬢』である事を知ってしまったでしょう?……もし、シルフィーが…、桜がその事を知らなければ、あなたらしくいれたのにって」


 ソフィアは、


「そんな事気にしてたの?」

「え、そんな事……?」


 確かに『悪役令嬢』であることは気になってたよ?でもね、


「むしろ、読んでて良かったと思うの。だって、そのお陰で、良かった事もあったから」

「良かった事?」

「うん」

「それはなに」

「えへへ、内緒」

「なにそれ」


 ソフィアは、呆れたように笑う。でも、私は本当に気にしていないんだよ。

 

 今度こそ、眠るために、目を閉じる。最後に、一つだけ。


「私は、もう怯えなくてもいいのかな…?」


 ここが、現実だという事は分かっている。でも、どうしても考えずにはいられない。


「ええ」

「アル様に処刑される未来を、考えなくてもいいのかな」

「ええ。もう、考えなくていいの。小説は、この世界とは関係ないから」

「そっか…」


 もう、悩まなくてもいいんだ。


 私の中の『なにか』が、すーっと消えていく感じがした。


 たぶん、『シルフィー』は解放された。私の中にいた『シルフィー』はやっと、救われたんだ。





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