010、第二王子は怖いけど怖くないです
「シルフィー、今日は一緒に城に行こう。」
「え、おしろですか?」
前世の記憶が蘇って、1ヶ月が経った。朝起きて、皆で朝ごはんを食べていると、お父様が突然そう言った。城なんて、前世では全く縁がなかった。今世でも今まで城なんて行ったことが無かったから驚いた。
「何かあったの?」
お母様も驚いた顔でお父様に聞く。
「陛下がシルフィーに会いたいらしいんだ。」
「え、わたしにですか?」
え、どうしよう……。私自身が気づかないうちに陛下に何か失礼なことしちゃったのかな……?会ったこと無いはずだけど……。
「どうせ父上が陛下にシルフィーの事自慢したんだろ」
すると、私の不安を打ち消すような明るい声でお兄様が発言した。お父様は宰相だから、陛下と世間話する機会もあるよね……。でも……。
(お兄様、さすがにそれはないと思います……)
いくらお父様でも、さすがに陛下にそんな事を話したりしないと思う。そう思って、お父様を見ると、お父様は苦い物を食べたかのような表情をしていた。
「冗談で言ったのに、本当だったのか……」
お兄様もお姉様も、お母様でさえも、お父様に呆れた視線を向ける。
「シ、シルフィーが可愛すぎるのが悪い。」
「いや父上、それただの責任転嫁だから!」
「そうです!だいたい、わたしなんかより、おねーしゃまのほうがずっとかわいくて、きれいです!」
私がそう言い切ると、お兄様は信じられないものを見るように私を見た。そして、私の肩を掴んで言い聞かせてきた。
「いいかい、シルフィー。確かにシリアは美人だ。そこらの女性とは比べ物にならないくらい綺麗だ。それは認めよう。しかし、人間は中身がとても大切なんだ。シリアみたいにすぐ人を殴るような人を俺は可愛いとは認めたくな……っ!」
お兄様が言い切る前に、どこからか、ボコッという音が聞こえた。というか、お兄様もすごくお姉様の事好きですね。お姉様の事、とても美人って褒めてます。……寂しくなんてないもん。お姉様とお兄様が仲良しなのは当たり前だもん。私が生れる前から一緒だったんだから。……やっぱりちょっと寂しいかも。
「全く、途中までは良かったのに、最後に余計なことを言おうとするからよ」
お兄様の後ろで拳を構えたお姉様が立っている。音からすると、お姉様がお兄様を叩いたのかな?
「ほら! そういうところだって!すぐ人を殴るんだから!」
「スティラしか殴らないわよ。」
「なお悪い!」
お兄様とお姉様がまた喧嘩してる……。さっきまで仲良しだと思ってたのに……。私は喧嘩が悪いことだとは思ってない。養護施設の先生達も、子どもはトラブルから学んで成長するって言ってたし、むしろそこからどう解決していくかが大切って言ってた。そう、喧嘩は悪いことではない。それは分かってる。分かってるんだけど、怖い。こっちが怒られている訳では無いのに自然と目に涙が浮かんでくる。
「2人ともやめなさい。その喧嘩はシルフィーを泣かせてまですることなの?」
お母様のその言葉で、お兄様とお姉様がハッとしたように私の方に振り返る。
「ご、ごめん、シルフィー!」
「泣かないで~!」
「な、ないてません……!」
目に涙が溜まってるだけで、まだ泣いていない。だから大丈夫。そう2人に言い聞かせる。でも、それを強がっていると分かったのか、お兄様とお姉様は交互に私の頭を撫でてくれる。でも、優しく頭を撫でられて、結局涙がこぼれてしまった。
「シルフィー、行きたくなかったら行かなくていいんだぞ」
お父様が急にそんな事を言い出した。
「むしろ、陛下なんかに可愛いシルフィーを見せたくない。」
「いや、父上。陛下の命令に逆らったらダメでしょ。あと、陛下をそんな風に言ったらダメ」
お兄様がお父様の発言にいち早く突っ込む。そうだよね、陛下の命令に逆らったらダメだよね……。出来れば行きたくない。国王陛下とか、会うと絶対緊張する。会いたくないけど、断ったらお父様の立場が悪くなったりするのかな?それは困る!
「だ、だいじょうぶです! おしろ、いきます! ……おとーしゃま、いっしょにいってくれますか?」
「っ! 当たり前じゃないか!」
お父様は感極まったように抱きしめてくれたので、私からも抱き締め返しておく。やっぱりお父様の腕の中は安心する。
部屋に戻ると、メイドのアンナがドレスを持って待ち構えていた。
「それでは、ドレスに着替えましょうか。王宮に行くのですから、今日のドレスは少し特別な物にしますね! とびきり可愛くしましょう!」
アンナが持っていたドレスは薄ピンクでレースがたくさん付いていて、ふわふわしたものだった。子どもサイズのウェディングドレスみたい!こういうの着るのが夢だったんだよね!
「ありがとう、アンナ。でも、このドレス、私には少し可愛すぎないかなぁ」
「そんなことありませんっ! お嬢様には絶対このドレスがお似合いになります!」
アンナがそういうのなら、もう任せるしかない……。アンナに任せておけば間違いはない。……と、信じよう。でも、子どもだからコルセットとかなくてよかった。コルセットの事考えたら大人になりたくないなぁって感じる。成長したいけど、したくない。なんだか複雑。
ドレスを着た後に、アンナに髪をセットしてもらう。私の金色のふわふわの髪は、ドレスとお揃いの色のリボンと一緒に編み込まれていく。鏡越しにその光景を見ていると、すごいなぁと思う。アンナは簡単にやっているけど、編み込みはとっても難しい。前世でも何度かやろうとしたけど、結局、毎回途中で挫折する。……不器用じゃないよ?!前世は小学5年生だったから、三つ編みで精一杯だったんです!
出来上がった姿は、自分で言うのもあれだけど、とても可愛らしかった。3歳だから、そこまで派手ではないけど、なんかもう、凄いとしか言いようがない。とりあえず、アンナは凄い。アンナも満足気な表情でこちらを見ている。
「アンナ、ありがとう!」
「っ!いいえ!お嬢様の魅力を引き出す為ならば、命さえ惜しみません!」
「えっと…、よくわかんないけど、命は惜しんで!」
「あぁっ!なんと愛らしい!このアンナ、人生に一生の悔いなし!」
もう、アンナに私の声は届いていなかった……。
準備が終わったので、お父様のところに行った。お父様は談話室で私を待ってくれていた。
「おとーしゃま、じゅんびできました!」
そう言って、私を待つお父に駆け寄った。すると、お父様は私の方を見たと思ったら、目を見開いて、そして座っていたソファから崩れ落ちた。
「て、天使が舞い降りた……っ!」
と言いながら……。
「いや~、格好悪い所を見せてしまったね。」
「い、いえ。だいじょーぶです……。」
お父様が言っているのは先程の事だろう。突然うずくまったお父様に驚いて、私もつい叫んでしまった。その叫び声を聞いたお兄様やお姉様、お母様も集まって、そして皆も私の姿を見た途端、「天使……っ」と呟いて崩れ落ちてしまった。その後に執事長のロバートや、メイド長のナタリー、お兄様の侍従のロビン達が入ってきた。部屋を見渡して状況を察したのか、ロバートやロビンはお父様とお兄様に冷たい目線を送った。そして、2人は私の前に膝をついて、「ドレスよくお似合いですよ」と言った後、お兄様とお父様の服を掴み、サロンから追い出した……。追い出されたお兄様は部屋に連れていかれ、お父様はそのまま馬車の中に放り込まれた。私はナタリーにそこまで連れて行ってもらい、やっと出発できた。
応接間に近づくたびにどんどん緊張してきて心臓がバクバクしている。お父様はそんなに緊張しなくていいと言ってくれるけど、そんなことも耳に入らない。
「そんなに緊張しなくもいいよ。正式な謁見じゃないから、今回は応接間で会うことになってる。無礼があっても大丈夫だよ」
(お父様、それあんまり大丈夫じゃないです)
お城についてからも、こんな立派な所に私が入っていいのだろうかと思う。……暇もなく、お父様に抱っこでどんどん中に連れていかれる。お父様は当然、城の構造を知っているため、迷いもなく応接間までたどり着く。そして、その過程で、途中に城の中ですれ違った人達は、何故かお父様の顔を見ると、ビクッと怯えたように立ちすくむ。
(お父様、一体何をしたのですか……)
そんなこんながあって、とうとう国王陛下がいるであろう応接室にたどり着く。緊張を解こうと思って深呼吸をする。……暇もなく、
コンコンッ
お父様が応接間の扉をノックする。お父様、さっきから行動が早いです!私に心の準備をさせて下さい!お城に入る前はまだしも、国王陛下に会う前は心の準備が必要です!緊張で倒れますよ?!
「陛下、はいりますよ」
そして国王陛下の返事を待たないうちから、自らドアを開けて中に入った……。
お父様、それって大丈夫なんですか!?
お父様に続いて、そーっと部屋に入ると、お父様と同い年くらいの男性がソファに座っていた。恐らく彼が国王陛下だろう。とても優しそうなのに威厳がありそうな人だなぁ、というのが第一印象だった。そして、
「遅いぞ」
入って1番にかけられた言葉はこれだった。私に、というよりはお父様にだが。もし私にかけられていたら、私は間違いなく倒れていました。
「喧しいです。本来なら私の愛らしい娘をわざわざこんな所まで連れてきたくなかったんですよ。あんたがどうしても、というから連れてきたのに、文句があるなら帰りますよ。」
お、お父様、それって不敬罪……!?
思わず驚いてお父様を見る。
「お、おとーしゃま……?」
「ん?どうしたんだい?」
「えっと、へいかにしつれいです!」
私の言葉に、陛下とお父様はポカンとした後、笑いだした。
「え……あ、あの……」
私、間違った事言った?
「いや失礼。ロイドとは幼い頃から知り合いなんだ。気にしなくていいよ。」
陛下はまだ若干笑いながら私の頭を撫でた。
「あ、陛下!シルフィーの頭を撫でないでください! シルフィーが懐いてしまうでしょう!」
「喧しい! 私だって娘が欲しかったんだ!」
えっと……、私は頭撫でられたら懐くわけじゃありませんよ、お父様。動物じゃないですし……。それに、国王陛下に懐くなんて恐れ多い……。撫でられるのは好きだけど。そこで私はまだ自己紹介をしていないことに気づいた。
「あ、あの、はじめまして。シルフィー・ミル・フィオーネです!」
陛下にそう挨拶すると、
「上手に挨拶できて偉いね」
そう言って頭をまた撫でてきた。
「あ、だから撫でるなと言っているだろう!」
お父様、とうとう敬語じゃなくなった……。
コンコンッ
急にドアがノックされた。驚いて、誰だろうと思っていると、
「おぉ、そうだった。私の息子達を呼んでいたのだった。すっかり忘れていた。入ってもらってもいいかい?」
え、息子達っていうことは、もしかしなくても王子様?第二王子もいるの?将来私の事を処刑する第二王子が……。いつか会うと分かっていても、まだ覚悟は出来ていなかった。それに、小説では出会ったのはもっと遅かった。お城に来る時点でもっと覚悟をしておくんだった。
「あぁ」
返事に困っていた私の代わりにお父様がため息をつきながら返事をする。入ってきたのは三人の王子様だった。
「私の息子達だ。第一王子のレオンハルト、第二王子のアルフォンス、第三王子のルートハインだ」
王子様達は陛下の説明の時、こちらに礼をしてくれる。陛下の説明を聞いて、そういえば第二王子はそんな名前だったなぁと思う。正直ちゃんと小説は読んでないので、第一王子と第三王子の記憶がない。けれど3人ともそっくりで一目見て兄弟だとすぐにわかる。皆、銀色の髪に黒の瞳。
「みんなそっくりだろう、唯一違うのが、身長と髪型くらいか。あぁ、そうそう、レオンハルトは今年9歳でフィオーネ公爵家の双子と同じ年齢だ。それでアルフォンスがその一つ下、ルートハインがシルフィー嬢の二つ上だ」
その3人の王子様達が私を見てくる。そこで、私は自分が自己紹介をしていないことに気づいた。
「あ、あの……、シルフィー・ミル・フィオーネです……。」
まだこの世界で作法なんか習ってないから、どうすればいいか分からないっ!とりあえず名前を言う事しか出来ない……。もしかして、この自己紹介ダメだったかな……。それでもずっと私の方を見てくる王子様達の目線に耐えられず、ついお父様の後ろに隠れてしまう。いっその事、人見知りだと思ってくださいっ!……実際人見知りだけど!お父様の背中からそーっと王子様たちを覗き見る。すると、第二王子とバッチリ目が合ってしまった。
その時、体が冷えていく感覚がした。
『悪は滅するに限る。処刑しろ。』
第二王子が私を処刑する時に言うセリフが頭の中に響いたからだ。小説で読んだだけだから、実際に聞いたことは無い。それに、簡単にしか読んでいないからセリフを一言一句間違わずに覚えているわけが無い。けれど、何故かその言葉が頭に響いた。過去に、実際に聞いたことがあるかのように鮮明に。第二王子に処刑されるのは今ではない。それは分かっている。だって、第二王子は私を処刑する時のような冷たい目をしていない。けれど、ただただ怖くて、涙が止まらなかった……。
「うぅ~……、ひっく、……っ」
「シルフィー、どうしたんだい!?」
突然泣き出した私に、お父様は勿論、陛下も王子様たちも驚いたように私を見てくる。特に第二王子の顔を見るのが怖くて、お父様の足にぎゅっと抱きつく。
もう、帰りたい。
これ以上、ここにいるのが怖い。お父様の足に抱き着く力を一層強める。こちらに、コツコツと向かってきている足音の正体を知る事も怖い。
「大丈夫?」
すると、とても暖かい声が聞こえた。初めて聞くのに、何故かとても安心できる声。そーっと顔を上げてみると、目の前には第二王子がいた。
「っ!」
びっくりして、思わず仰け反ってしまう。返事をしなくては、と思うけれど、第二王子が近くに来たことで、自然と体が震える。そして、お父様の服を握る力が強くなる。そして、思考が段々と別のことにも向いてきた。いくら幼子といえど、王子様や国王陛下の前で突然泣き出すのは、もの凄く失礼なことではないのか。このことでお咎めとかあるのかな?そう考えたら余計に涙が止まらなくなった。
「ごっ、ごめん、なさっ……」
必死に目をこすって涙を止めようとしても、中々止まらない。この体になってから泣き虫になったなぁ、なんて場違いなことを考えた。
すると、頭に温もりを感じた。目の前にいた第二王子が頭を撫でてくれている。
「目が腫れちゃうから擦ったらダメだよ」
そう言いながら私の手をとる第二王子は、全然怖くなかった。さっきまではただただ恐ろしかったのに。私が少し警戒を解いたのを察したのか、今度は抱き上げてきた。
「ひゃあっ!」
思わず声を上げてしまった。8歳の第二王子にとって、3歳の私は小さいのか、軽々と抱き上げる。第二王子にこんなことをさせるなんて、と思いつつも、私の中の3歳児は、やっぱり抱っこしてもらえるのは嬉しいなぁと思う。誰かと触れ合うのは嬉しい。
「急に色んな人と会ったから驚いちゃったのかな?」
それだけではなかったけど、そういう事にしておこうと思って頷く。
「もう大丈夫だよ」
そう言いながら背中を撫でてくれる手に、何故かとても安心した。泣いた原因は第二王子だったけど、気がついたら第二王子に抱きついて、いつの間にかその腕の中で眠っていた。