114、会いたかったです
ライト―ル伯爵家に訪問すると、騎士が大勢立っていた。恐らく、ソフィアが光の魔力を持つ事が外部に漏れないように、または知ってしまった人がこの屋敷に押しかけないように護衛をしているのだろう。
私は突然の訪問だったけれど、ソフィアの友達という事で快く受け入れてくれた。
「突然ごめんね」
「全然。来てくれて嬉しいわ」
ソフィアもいつもの調子で、私に微笑みかける。まるで、何もなかったみたいに。
「立ったままだと疲れるでしょ。座って」
「うん」
ソフィアの部屋に案内された私は、ソフィアに示されたソファに座る。すると、間を置かずにメイドさんが私の前にココアを用意してくれた。
「シルフィー様、こちらを」
「ありがとうございます」
マシュマロまで入っている。突然来たのに、こんな待遇をしてくれてありがとうございます。
「素敵なお部屋だね」
「ありがとう」
初めてソフィアの部屋に来たけれど、どことなく安心する。向かい合って座っているソフィアは自分の部屋という事で、いつもよりゆったりしているように見える。
ココアを飲み、ほっと一息をつく。
「今日はどうしたの?…と、聞きたいところだけど、来た理由は何となく分かってるわ」
「……」
私が何も答えられずにいると、ソフィアは人払いをしてくれた。ここにはもう、私とソフィアしかいない。
「昨日の事、よね?」
私は頷く。
「そうよね…」
ソフィアは苦笑いをしながらそっとティーカップの縁をさする。
「私は、シルフィーに隠し事をするつもりはないわ」
そう言ったソフィアの顔は、どこか懐かしくて、決心をしたような、どこか遠くへ行ってしまいそうな表情をしていた。
「どこから、話したらいいかな」
でも、その困ったような顔は、いつも見ているソフィアの顔だった。
昨日の事があって、知らない人みたいに思えたけれど、でも、やっぱりソフィアはソフィアだ。学園で一緒に時を過ごした、私の友達。それは間違いようがない。
何から話したらいいのか分からないのか、ソフィアは
「シルフィーから質問してくれる?」
と言った。
聞きたいことは沢山ある。
「…ソフィアは、自分が光の属性だって、いつから知ってたの?」
「昔、怪我をした動物を、治した時に」
治した時…、でも、そもそも。
「どうして、光の魔法が使えるの?今は光の精霊がいないんだよ?」
魔法は、精霊の力を借りて使うもの。例え光の属性でも、精霊がいなくては魔法は使えない。けれど、ソフィアは使った。一体どうして…。
「分からないの。私も使えるとは思っていなかったわ。でも、怪我をした動物に手をかざすと、昨日みたいに光って…」
「そっか…」
結局、小説の強制力が働いているのだろうか。『ヒロイン』は光の魔法を使える。それこそが小説の強制力。けれど、本当に強制力が働いてるのなら、レオンお兄様は亡くなっているはず。だって、小説ではアル様が『王様』になっているから。
私は小説を全部は読んでいない。けれど、話を知っている。小説ではヒロインは光の魔力を使えるけれど、第一王子のレオンお兄様を助ける事は出来なかった。でも、今回は助かった。
「どうして、光の魔法が使える事を今まで黙っていたの?」
「……治癒は、万能ではないから」
万能ではない…?
「光の魔法は主に治癒。でも、それはどんなものでも治せる訳では無いの。現に怪我をした動物で治癒の練習をしている時に、傷を見て『治せない』と感じる事もあったわ。その時は本当に治せなかった」
傷を見て、『治せる』『治せない』と感じるという事は、一見便利だろう。しかし、その相手が人であったら?
「心から私の治癒を求めてやってきた人に、『治せません』なんて言えないわ。落胆させたくない」
人によっては「どうして治してくれないんだ」「あいつの事は治したのに俺の事は治してくれないのか」「不公平だ」と思う人もいるだろう。
私はそんな言葉をソフィアに浴びて欲しくない。
「私は、逃げたの」
『逃げた』
そのソフィアの言葉が私の心にも突き刺さる。
「怖かった。命がかかっている時に、『治せない』なんて言えない。魔法を使っても効果がない可能性が怖かったの」
ソフィアは、手を震わせながら、そっと呟く。
「それに光の属性は、検査が無かったから」
ソフィアは風の魔法を使う事が出来た。だからこそ、誰も疑問に思わなかった。もし、ソフィアが風の属性を持っておらず、適性検査の時に水晶が反応しなければ、光の属性を持つ可能性が疑われただろう。属性を持たない人はいないのだから。と、同時に、2つ以上の属性を持つものもいない。しかし、ソフィアは2つの属性を持っている。これは『ヒロイン』だからであろうか。
私はソフィアの決断に何も言えない。ソフィアの気持ちは分かるけれど、簡単に共感なんて出来ない。ソフィアの苦しみは私では考えもつかないだろうから。
『逃げた』
『怖い』
その感情は、ソフィアが今まで戦ってきたもの。今更簡単になくす事なんてできないだろう。
私が何を言って慰めても、きっとソフィアは考える。
『救えたかもしれない命』
もし、ソフィアが光の属性を持つものとして、もっと前に世の中に公表されていたら。重症患者もソフィアの治癒を求めてくる。そこで救えた命もあったかもしれない。
どんなに私や周りがソフィアを慰めて、ソフィアが「もう大丈夫」と言っても、きっとソフィアは考える。だってソフィアはそういう人だから。優しくて、暖かくて、他人の事を考えられる人。
私はそんなソフィアが大好きだった。
最後に、これを聞いておきたい。
「どうして、あの時、レオンお兄様の部屋に来れたの?……ううん、違う。どうして、レオンお兄様が矢で射られたことを知っていたの?」
レオンお兄様が矢で射られたという情報は、公爵家にしか届いていない。なのに、伯爵家のソフィアがどうして知っていたのか。
「……」
私がそう聞くと、ソフィアは穏やかに笑った。
「さっき、言ったでしょう。私は、もう隠し事はしない」
そこで、私は分かった。
あぁ、今がその時なんだ。
「シルフィー…、ううん。『桜』、」
私の名前…。私の、もう一つの名前。
「桜、私本当はね…」
ソフィアは、ぎゅっと唇を結び、下を向く。
ソフィアは、言おうとしてくれているんだ。
だから。
私も、私だって、もうソフィアに隠し事をしないよ。
「知ってたよ」
「え…?」
私が口を挟んだことでソフィアは、ハッと顔を上げる。
「知ってたよ、悠里ちゃん」
私がそう言うと、ソフィアは目を見開く。
「ずっと傍にいてくれてたの、知ってた。気付いてたよ」
「な、なんで…?」
なんで?そんなの、決まっているじゃない。
「だってソフィアは、悠里ちゃんにそっくりなんだもん」
ちゃんと確信したのはソフィアと仲良くなってからだけれど、予感していたのは10歳の時。初めてソフィアの姿を見た時。だって、歩き方がそっくりだったんだもん。今は令嬢としての教育を受けているだろうから、そんな面影はないけれど、10歳の、あの時のソフィアは私の知っている悠里ちゃんの歩き方だった。
とても綺麗な歩き方だけれど、その中に、私の知っている歩き方があった。直感のようなもの。
それ以外にも、そう感じる事は多々あった。
ソフィアとお出かけをした時に、私はソフィアを『おかあさん』のようだと思った。私の『おかあさん』像は一人だけ。
私の『おかあさん』像はいつだって悠里ちゃんだった。
私の『おかあさん』像は、『桜』のお母さんでは無かった。だって、『桜』のお母さんは、……お母さんの事は、あまり覚えていないから。温かい人だった、という事しか覚えていない。
学園祭の準備中の『魔法の呪文』の時もそう感じた。学園祭のケーキの試作を作る時、私が材料を混ぜている時につい口にした言葉は、ただの言葉。でも、それを聞いたソフィアは『魔法の呪文』と言った。『魔法の呪文』を知っていた。
「おいしくなーれ、おいしくなーれ」は子ども向けの料理番組で料理中に言っていた言葉。それを私と悠里ちゃんは勝手に『魔法の呪文』と呼んでいた。
ソフィアはごまかしていたけれど、入学式が懐かしいと言った事や、勉強が得意な事にも納得がいく。
「でも、一番は『私なんか』って言った時に怒ってくれた時かな」
前世でも、私がその言葉を言うと、悠里ちゃんはいつだって怒ってくれた。ソフィアと全く同じセリフで。
その時に、「あぁ、悠里ちゃんは傍にいるんだ」って確信した。
やっと、言える。
「私は、ずっと言いたかったの」
やっと、伝えられる。
「悠里ちゃんがいてくれたから、私は毎日が楽しかった」
あの時、言えなかった言葉。
「ずっと一人だったけど、悠里ちゃんはいつも傍にいてくれた。本当に嬉しかった」
視界が段々と潤んでく。
「ずっと、……っ、」
あぁ、いやだ。こんな時に、泣きたくなんてないのに。
「ずっと、ずっと…、だいすきって、伝えたかった!」
私がそう言った事で、ソフィアの顔がくしゃりと歪んだ。
「悠里ちゃんって、呼びたかった!」
本当は今までに何度も、ソフィアの事を悠里ちゃんと呼びたくなった。
「名前を、読んで欲しかった!」
私のことも『桜』と呼んで欲しかった。
「言いたい事、たくさん…っ、」
目からこぼれた雫が頬を伝っていくのを感じる。
「ずっと、あいたかっ、…っ!」
私の言葉が終わらないうちに、私はソフィアに……、悠里ちゃんに抱きしめられた。
「そんなの…、こっちのセリフよっ!」
私を抱きしめている悠里ちゃんが、震えている。
「私が…、私がどんな思いであんたが死んだ事を聞いたと思ってるの?!」
悠里ちゃんが、泣いている。
「なんで、死んじゃうのよ!」
悠里ちゃんが、悲しんでいる。
「もっと、…っ、話した事だって、一緒にやりたいことだって、沢山あったのに…!」
悠里ちゃんの声を聞いて、私は頭を殴られたような気持になった。私は死んだ。それはつらく、悲しいことだった。
でも、私は残される人の気持ちを考えた事は無かった。
悠里ちゃんは、私が死んだ事をどんな思いで受け止めていたのだろう。『苦しい』なんて言葉では言い切る事は出来ない。だって、その感情を言葉にする事は出来ないから。きっと、私では想像する事も出来ない。
「ごめ、…っなさっ」
私は、私を抱きしめている悠里ちゃんにしがみついて謝る事しか出来ない。
「ばかっ!桜のばか…!」
私を馬鹿という悠里ちゃんの声は、苦しそうで、悲しそうで、
でも、温かかった。
世界を越えて、私達はまた出会う事が出来た。同じ世界に、同じ時代に、記憶を持ったまま転生するなんて、『奇跡』と言わずに、なんというのだろう。
涙や鼻水でぐしゃぐしゃ。思い切り抱きしめ合ったから髪の毛だって乱れている。そんなお互いの姿が何だか面白くて、私達はどちらかともなく、顔を見合わせて、笑みをこぼした。
『これからはずっと一緒だよ』
お互いがそう言っている気がした。