113、奇跡はとても悲しいものです
ソフィアがレオンお兄様に手をかざした途端、光がこの部屋を覆って私達の視界を埋め尽くした。レオンお兄様を覆っていた黒い靄はたちまち姿を消し、呪いも消えたのが分かった。
そして傷跡も消えていった。レオンお兄様の表情も穏やかになり、助かったのだと感じとった。人々はこれを『奇跡』と呼ぶのだろう。
でも、だからこそ、私はこの『奇跡』が起こって欲しくなかった。
ソフィアは知っていたんだ。自分が光の魔力を持っているって。
そうだね。ソフィアがその可能性に気が付いていないはずがないよね。私はどこかでその事実から目を背けていた。
でも、だからこそ、悲しい。
これでソフィアのこの先が決まってしまった。私が覚えていれば、レオンお兄様が矢で射られる事を防ぐ可能性があったかもしれない。でも、私は思い出せず、こんなことになってしまった。私は、ソフィアの人生を制限してしまった。
その場は騒然となったけれど、レオンお兄様が助かった事で、皆一時退出することになった。陛下はその場にいた人達に箝口令をしいた。そしてソフィアは陛下と一緒に部屋をでていった。
皆、サロンに向かったけれど、私は一人で私の部屋に向かった。後で合流すると家族に約束をして。
ひとり、ソファに膝を抱えて縮こまって座る。こうしていないと耐えられそうになかったから。
皆に、ソフィアが光の魔力を持っていることが知れ渡った。
光の魔力を持っているのは恐らくこの国でソフィアしかいない。そんな貴重な光の魔力を持つものが、第一王子で王太子のレオンお兄様を救った。
そうなれば、ソフィアの運命なんて決まっている。
今はとにかく、ソフィアに会いたい。
コンコン
ノック音が聞こえた。
「……」
でも、今は誰かに会いたい気分ではなかった。ソフィアに会いたい。
返事をしないでいると、
「シルフィー?」
というアル様の声が聞こえた。
「アル様…」
私が声を出したことで、私がいる事が分かったアル様は、私の許可を待たずにドアを開けた。
「シルフィー」
アル様はソファに膝を抱えて座っている私の前に膝をつく。
「シルフィー、大丈夫?」
アル様は心配そうな顔で私にそう聞いてくる。確かに今、私はショックを受けている。でも、そんな私より…、
「私より、アル様の方が…」
レオンお兄様の部屋に入った時、アル様の顔色は本当に酷かった。当たり前だ。アル様の兄が死ぬところだったんだから。
「私は、大丈夫。目の前で人が死ぬ所を見るのは、やっぱり慣れないけれど。でも、無事だったから」
「……」
いくら無事だったからと言って、大丈夫な訳が無い。怖かったと思う。
アル様は私が座っているソファの隣に腰かける。
「ソフィア嬢は、何者なんだろうね」
「……」
この小説のヒロインです、とは言えない。
「あの、ソフィアが光の魔法を使えるって分かったから、私はアル様との婚約を破棄されますか?」
こんな時まで私は自分の心配。
「え、何で?!」
「だって、ソフィアはこの国にとって重要人物となったんですよ?…王家の人と結婚するのが一番無難です」
そうしたら、私は…、どうなるんだろう。
私がそう言うと、アル様は、「あぁ、なるほど」と納得したように呟いた。
「恐らく、ルートの婚約者になると思う」
アル様はそう言った。
「そう、ですか」
きっとソフィアはこの先、多くの縁談が持ち込まれるだろう。光の魔力はどう考えても有益にしかならない。欲しい家なんていくらでもある。きっとソフィアはその可能性も考えて今まで隠していたのだろう。ソフィアには第一王子を救ったという功績がある。ルートお兄様の婚約者となっても何の問題もないと思う。
けれど、それを聞いて思った。
どうして小説では、ソフィアは『ルートハイン』ではなく、『アルフォンス』と婚約することになったのだろう。
『アルフォンス』には『シルフィー』がいた。わざわざ婚約者がいる相手ではなく、婚約者が決まっていなくて、かつ年が近い『ルートハイン』と婚約するのが普通だろう。どうして小説ではその普通が起こらなかったのか。そもそも、私の記憶では『ルートハイン』が出てきた記憶がない。もしかしたら今回のように思い出せないだけかもしれない。
「レオンお兄様の様子はどうですか?」
「それが…」
アル様が言葉を渋る。もしかしてまた何か良くない事が…?
「実は、倒れる前より元気になったみたいで、今は、ディアナ義姉上とソフィア嬢の元に行っているよ」
「え…」
そこは、ゆっくり休むべきなんじゃ…。でも、元気なら良かった。ソフィアの魔法は、『奇跡』を起こすものだから。でも、だからこそ、ソフィアのこの先が不安。
次の日。私は、ライト―ル伯爵家を訪れた。