108、素敵な贈り物です
途端に鳴り響く拍手にはっと我に返る。
「おわ、った?」
「うん、終わったよ」
アル様は額に汗を浮かべながら言葉を発する。そうか、終わったんだ。
何だか途中から、ううん、最初のほうから私じゃないみたいだった。体が勝手に動いた。意識はあるのに、私じゃないみたいだった。まるで、私が本当にルルになったような気持ち。ううん、少なくとも舞の中では私はルルだった。私はアル様をアル様と認識していなかった。『王子』と見ていた。
何故かアル様の顔を見ると泣きたくなってきた。変なの。アル様はアル様なのに。何だか、アル様が少し、遠くにいってしまう気がした。
舞台の上で裸足でいると、床の冷たさが一気に感じられた。裸足で床を踏みしめると、手に持つ剣の鈴がリンリンとなる。
終わったんだ。やり遂げたんだ。
少しずつ息を整える。
終わったと認識した途端、身体が重く感じられる。運動したから疲れたのもあると思うけれど、緊張した事も原因かな。地面を踏みしめる足が重たくなる。
やっと、自分の身体が帰ってきたような感覚。逆に、舞を踊っている途中の私の身体は何故かとても軽かった。別の誰かが私の身体で踊ってくれているみたい。
トントン、と足を進め、舞台から降りると、真っ先にお兄様とマリーお姉様が私達の元に来てくれた。
「皆本当に素敵だったわ!」
「本当にな!」
主役のお兄様とマリーお姉様がすかさず言葉を投げかけてくれる。主役の人たちに遠慮している様だけど、周りの人達も目を輝かせていたり、関心しているような顔をしているから、成功かな。
「本当にありがとう。こんな、素敵な贈り物、とっても嬉しいわ!」
マリーお姉様が目に涙を浮かべながらお礼を言う。お兄様はマリーお姉様の肩に手を回し、温かい目でマリーお姉様とこちらを見ている。
「俺からも礼を言う。皆本当にありがとう」
こんなに喜んでくれるなんて思っていなかった。正直、自己満足な所はあったから。でも、こんなに喜んでくれるなんて本当に嬉しい。やってよかった。アル様、ルートお兄様とソフィアと顔を合わせて微笑む。
「喜んでもらえて、嬉しいです」
お兄様とマリーお姉様がこの先もずっとずっと、ずーっと幸せでいてくれたら嬉しい。お互いを大切にして、一緒に仲良く。時には私に構ってくれるともっと嬉しい。
スティラお兄様とマリーお姉様が私達の所から離れると、ルートお兄様とソフィアは別の人たちに呼ばれ、私とアル様も色んな人に囲まれた。ルートお兄様とソフィアにお礼を言いたかったけれど、今は難しそうね。
「この話ってもしかして『ルルの花束』をイメージしているの?」
「!」
そう声を掛けてくれたのは、最初に私に『ルルの花束』の絵本を読んでくれたディアナお姉様。
「どうしてわかったんですか!」
「ふふ、分かるわよ」
私もその絵本好きだもの、と続ける。
ディアナお姉様が私にこの絵本を読んでくれたお陰で私はこの絵本が好きになった。
「アル様が構成を考えてくれたんですよ…、」
………ん?あれ、すっごく今更なんだけど、不思議なことが…。私が最初に公爵家へ行った時、私はディアナお姉様にお姫様が出てくる絵本を、リシューは騎士が出てくる絵本をねだった。だからこそディアナお姉様はこの絵本を選んでくれた。でもこの絵本には騎士は出てこない。………ディアナお姉様が間違えたのかな?何はともあれ、私はこの絵本に出会えて幸せだったからよし。
「それにしても、シルフィーにこんなに演技の才能があるなんて知らなかったわ」
「えへへ」
褒められましたよ!のめり込むくらい役になりきりました!……自分では上手に出来たのか分からないけど。でも、みんなが褒めてくれたから、成功でいいのかな。成功にしておこう。
「それにしても素敵な衣装ね」
ディアナお姉様が私とアル様の衣装を見比べてそういう。珍しい衣装だから余計に目を引くもんね。色だってとっても綺麗だし、流石アル様。四人そろうとカラフルでとっても素敵。
「ありがとうございます!アル様がデザインしてくれたんですよ!」
「まあ!」
だよね。驚きますよね。男性が女性のドレスをデザインする事はよくあるけれど、まさか王子様であるアル様にその才能があるとは思わなかったよね。
「これはそのうち社交界に革命をもたらすのでは……?」
それは言い過ぎ、でもないのかな?私もさっき、同じこと思ってたし、この場にいる女性の反応を見る限り可能性はありそう。
「私も今度、アルフォンス殿下にドレスをデザインしていただきたいわ」
「わあ!いいと思います!……けど、」
私が言葉を止めると、ディアナお姉様が不思議そうに見る。アル様がドレスをデザインするのはいいとは思うけれど、でもそれは…、私はちらっとアル様のほうを見る。アル様も私と同じことを思ったのか頷いて言葉をつづける。
「…レオン兄上が嫉妬しませんか?」
「え、あ、そうね…」
ディアナお姉様ははっとしたように目を開いて少しずつ言葉がしぼんでいく。
「だから、レオン兄上にデザインしてもらうといいよ」
「!」
確かに。アル様素敵なアイデアです。アル様のお兄様だからレオンお兄様も素敵なデザインが出来るはず!願望だけど。でも、アル様がレオンお兄様にデザインをしてもらうように言うって事はきっとレオンお兄様にそれが出来るって事だよね?アル様は不確かな事は余り言わないからね。
でも、ディアナお姉様が楽しそうな表情をしているからいいのかな。でも、ディアナお姉様のドレスのデザインをレオンお兄様がしたら、羨ましがる女性も多いだろうね。婚約者に自分の衣装をデザインしてもらうのが流行ったりするのかな?
私も夜会とかで着る服をアル様にデザインして貰えたら嬉しいかも。…あー、でも、夜会の服って一回着たら終わりのものも結構あるよね。同じドレスを着るのは高位貴族ではあまりない。一回着たドレスは衣装が作れない下位貴族に貸し出す為に衣装店に売ったり、大切に保存したりする。もしアル様がデザインしてくれるならそれは絶対保存する。売る訳がない。
けど、やっぱりデザインしてくれた衣装を一回しか着ないのはもったいない。だったら普段着をデザインして貰う方がいいかも。となると、今着ている服はこの舞の為の衣装だったから、今日が終わったらもう着ることはないと思う。勿体ないけど……。でも、私の衣裳部屋に大切にとっておく。今日もともと着ていたアル様とお揃いのドレスだって大切にとっておこう。思い出は全部全部、大切にとっておかないと。
私の衣裳部屋は思い出が沢山だ。アル様と初めて会った時のドレス。アル様に婚約しようと言われた時に来ていたドレス。5歳の誕生日にアル様に貰ったドレスやティアラ。お姉様とお兄様に貰ったるぅの洋服とポシェット。お父様とお母様に貰ったるぅとお揃いのゴシックのドレス。リシューとお揃いでデザインして貰ったドレス。学園祭で着たるぅの衣装とこれまたゴシックの衣装。他にも沢山。思い出が沢山。思い出は大切にとっておこう。取りこぼさないように、大切に。なくしてしまわないように。例え記憶が無くなっても、大切なものがあったという事を覚えておけるように。
ルートお兄様と一緒に挨拶をしていたソフィアが戻って来た。ルートお兄様はまだ捕まってるのかな?王子様だから話したい人も沢山いるよね。
「ソフィアもありがとう」
ソフィアは少し目を開いてからふわっと笑う。慣れてはいるけど、ソフィアの笑顔はやっぱり可愛い。流石ヒロイン。勿論ヒロインじゃなくても可愛いけどね。
「どういたしまして」
「…」
そして私はどうしてソフィアに頭を撫でられているのでしょうか?私はもともと背が大きくないし、裸足だから今日は一段と小さい。撫でやすいのかな?あと少ししたらきっと背は大きくなってくれると信じているのだけど…。
「私がシルフィーのお願いを断るわけないわ。だって友達、でしょ?」
「ソフィア大好き!」
「私も好きよ!」
私の方がずっとずっとずーっとソフィアの事好きなんだから!なんて言ったって私はソフィアを初めて目にした時から予感してたんだから!
思い切りソフィアに抱き着くと、
「こらこら二人の世界を作らないの」
というルートお兄様の声が聞こえた。
「あ、ルートお兄様!ルートお兄様も今日は本当にありがとうございます!」
「どういたしまして。結構楽しかったよ」
それなら良かったです!ルートお兄様とソフィアの演奏が無かったらこの舞は成功しなかった。ピアノとフルートみたいな楽器だけど、私達の舞とよく合っている音が出ていた。
それから、もう少し踊って欲しいという要望があったので、ルートお兄様とソフィアの即興で演奏をして貰い、私とアル様で自由に踊った。予定していなかったので、どう踊るか迷ったけれど、気の向くまま、心の赴くままに踊った。
皆が笑顔で、私達を見ていた。
お兄様とマリーお姉様はお互い見つめ合って、笑い合って、微笑んでいた。この二人なら、きっと大丈夫。いつまでも、きっと笑い合っていられる。だって、こんなにも素敵な笑顔だから。
幸せそうな雰囲気のまま、結婚式は終わっていった。
「ねえ、シルフィー」
「なあに、アル様?」
「いつの間にか総合評価が3000ptを越えているよ」
「ふわぁ!本当です!」
「嬉しいね」
「はい、とっても!」
「皆のお陰だね」
「はい!」
という訳で、長らくお付き合いしていただいている方、ありがとうございます!
しばらく、二日ごとに投稿していたのですが、予定があり、この先一ヶ月ほど投稿できません……。完結は後々絶対にしますので、また後日お会いしましょう…。