101、体調が悪い姿をみるのは初めてです
『もう少しで目を覚ます。そうすれば私も…、きっと』
目を覚ました私は客室に寝かせられていた。私の部屋にはベッドが無いからね。でも、魔力切れなんて初めてだったな。少し頭が痛い。酸欠になったときみたい。
それにしても、アル様は大丈夫だっただろうか。レオンお兄様が来てくれたから大丈夫だと思うのだけれど。
「のど、乾いた」
ベッドサイドに用意されていた水をコップに注いで飲む。
「ふぅ」
少しのどが潤った。でも、頭が痛いのは治らないな。
そのまま窓の方に近づくと景色は真っ暗だった。……え、もう夜?私達がバラ園に行ったのはお昼頃だった。本当にぐっすりだったな。不思議な夢を見た気がしないでもないけど、気のせいだよね。
それにしても、結構長い時間寝てしまった。着替えさせてくれてくれたのはメイドさんかな?ピンクのネグリジェは私のサイズにぴったり。まるで私の為に作られていたみたい。
再びベッドに戻ると水を置いてあった場所とは別の所にベルが置いてあるのが分かった。こんな時間に呼ぶのは迷惑だよね?でもアル様の事も気になるし…。
ちりんちりん
ベルを鳴らすとメイドさんが入ってきてくれた。
「シルフィー様、目を覚まされたのですね」
「ごめんなさい、こんな時間に…」
「いえ、大丈夫ですよ」
にっこりと微笑むメイドさんの手には美味しそうなスープがおぼんに乗せられていた。
そしてその途端、お腹がぐーっとなる。
「ひぅ」
そ、そういえば夕食を食べてないもん。
「ふふ、よろしければどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
メイドさんは笑いを頑張って押し殺している感じ。でも笑ったりしないのはさすがメイドさん。くやしいけど、お腹をこのタイミングで鳴らす私も私だよね。
メイドさんが私の膝にスープを置いてくれたから美味しくいただきます。
スープはほかほかのコンソメスープ。いとうまし。
私が食べ終わったころに見計らったようにメイドさんが入って来た。
「シルフィー様、もう体調はよろしいのですか?」
「はい、私はただの魔力切れですから」
ちょっとだけ頭が痛いけど、それは我慢できるから大丈夫かな。
「それならばゆっくり眠られた方がよろしいですわよ。今日はここに泊るように陛下から公爵様にもお伝えしておりますので、どうぞ、ごゆっくり」
「はーい」
そして、本題。大事な話。
「あの、アル様は?」
「殿下でしたら今は眠られております」
「無事、ですか?」
「ええ、シルフィー様のお陰でございます」
良かった。無事だったらよかった。
「あの、アル様はもう起きてますか?」
「いえ……、その」
メイドさんの言葉がなんだかぎこちない?無事、なんだよね?
「あの、アル様の所に行ってもいいですか?」
「では確認してまいりますのでお待ちください」
メイドさんは困ったように微笑んで部屋から出ていった。
「……」
何だか、不安。アル様は本当に無事、なんだよね?
戻って来たメイドさんから「陛下から許可が下りたので」と言われたので、アル様の部屋に向かう。
でも、おかしい。今は夜…、恐らくもう夜中なのに、義父様は起きているんだ。そしてアル様のお部屋にいるという事だよね。私達がここに戻ってきたのはお昼に近かったと思う。それでもまだ陛下がアル様のお部屋にいるという事は、そんなに悪いの?
「目が覚めたのですね」
「レオンお兄様」
アル様のお部屋に入った私を出迎えてくれたのはレオンお兄様だった。
「ごめんなさい、こんな夜遅くに、」
義父様とレオンお兄様だけじゃない。義母様もルートお兄様もいる。そしてベッドにはアル様が寝ていた。
「アル様っ」
ベッドで眠っていたのは苦しそうな息を吐いているアル様だった。でも、息はある。
すごい熱。汗もいっぱいでてきていて、メイドさんが頻繁に拭っている。それでも、生きているだけで、十分。
「アル様、よかったぁ」
安心して力が抜けそうになる。
「レオンお兄様、気付いてくれてありがとうございまいた」
「いえ、こちらこそ礼を言います。シルフィーが知らせてくれて助かりました。少し遠かったけれど、シルフィーが魔法を使ってくれたから気付くことが出来たのですよ」
「私からも礼を言わせてくれ」
「義父様…」
「医師によると、ここに戻って来た時、熱がひどかったらしい。早めに冷やさないと熱が脳に回って危なかった」
「そ、そんなにひどかったんですか?」
「あぁ。もう少し遅ければ死んでしまう可能性だってあった」
そんな熱を…?
「実は熱がひどくてね。なかなか目を覚ましそうにないんだ」
まだ、目を覚ましていない?
「あの時、何があったんだ?」
義父様が私に問いかける。でも、
「分からないんです、バラを見ていたら急に苦しそうに…」
それまで元気だったのに急に苦しそうに蹲ってしまった。朝の体調不良が影響していたのかもしれない。やっぱり無理をしていたのだろうか?……ううん、それはない。あの時のアル様は本当に体調は悪くないように見えた。私を心配にさせないように無理をしているという感じではなかった。
アル様の膝に座っていた時、アル様の肌に触れていた。それにバラ園を歩くとき手だって繋いでいた。でも、熱いと感じることはなかった。倒れるまでは。
アル様の手はいつだって温かい。でも、
「熱い…」
アル様の手をにぎってみる。今のアル様の手はすごく熱い。大丈夫、だよね?ただの熱だよね?
「アル様、目を覚ましますよね?」
「あぁ、命に別状はないと医師が診断してくれたからな」
「そう、ですか」
そうか。……そうか。また、離れる事にならなくてよかった。……また?
「では、そろそろ休もうか」
義父様の声かけで皆は段々とアル様の部屋から出ていく。
「ほら、シルフィーも」
ルートお兄様が私を外に促そうとする。でも、傍にいたい。
「私は傍にいます」
「でも……」
アル様は私が苦しい時、傍にいてくれた。
「だから私もアル様の傍に居たいんです」
私が引かない事が分かったのかルートお兄様はため息を吐いた。
「分かったよ。あとで簡易ベッドを運び込んでおくよ」
「ありがとうございます」
私しかいなくなったアル様の部屋には私用の簡易ベッドが運び込まれていた。けれど私はそこに寝転ぶ事なくアル様のベッドの傍の椅子に座っている。
変えてもすぐに熱くなるタオル。拭っても次々溢れてくる汗。
心配になる。
「うっ…」
数度タオルを替えたところでアル様のうめき声が聞こえた。
「アル様!」
アル様が熱い息を吐きながらゆっくりと目を開けた。
「大丈夫ですか?どこか痛いとか辛いとか」
「りー、……?」
アル様がうわごとのように呟く。
「アル様?」
なんて言ったのかよく分からなかった。
「シ、ルフィー…」
今度はしっかりと私の名前を呼んだのが分かったので返事をする。
「はい。私ですよ」
アル様は私を視界に入れるとゆっくりと微笑んだ。
「すぐ傍に、いたんだね」
「はい、私はすぐそばにいますよ」
「そうか」
私がそう答えると、アル様は安心してように微笑んだ。
アル様はその後、再び眠ってしまった。