100、頑張ります
「う…っ!」
「アル様…?」
アル様が急に胸を押さえて苦しそうに蹲った。これは違う。いつものやつじゃない。いつもみたいに顔をおおって蹲るような、あんなのじゃない。
「アル様?!どうしたんですか?!」
苦しそう。すごい汗をかいている。さっきまで元気に歩いていたのに!体調が悪そうなそぶりなんてなかったのに!………もう大丈夫って言っていたのに!
「シル、」
私の声を呼ぶ声に、力が感じられない。
「アル様、」
アル様の手を握ってみるけれど、握り返してくれる、いつもの様な力はない。それどころか蹲っている事も辛いようで、私にもたれかかった。
「アル様?!」
ど、どうしよう。どうすればいい?
一時的に元に戻るなんて楽観視してはいけない気がする。
「だ、誰か!!!」
ダメだ。ここは限られた人しか入ってこれない。私達だって転移でここまで来た。『アル様の転移』で。つまり私一人ではここから帰る事も出来ない。……アル様を連れて帰る事も出来ない。
どうしようっ!私にアル様を背負っていくだけの力もない。
私にもたれかかっていたアル様の力が抜けていくのが分かった。
「ある、さま?」
気を失った…?息はある。けれど苦しそうな呼吸を表情は変わっていない。早くどうにかしないと。
アル様の素肌に触れると、だんだんと熱くなってきているのが分かった。熱い…?あつい?!
アル様、凄い熱!まるで、アル様の中で炎が渦巻いているような…。
これ、このまま死んじゃう、なんていう事はないよね…?高熱で人が死んじゃう、なんてこともあるって聞いたことがある。
怖い。アル様が苦しんでいる姿を見ていると私も苦しい。
「どうすれば」
回復魔法、なんてものを使えたら、今すぐアル様を助けてあげられるのに。でも、魔法が使えるのはヒロインの光魔法だけ。でも、ここは小説の中ではない。ヒロインは光魔法を使えない。
これがただの熱ならいい。良くないけどいい。でもそうじゃなかったら。
「お願い、だれか…」
だれか、たすけて。
涙が溢れてくるのを止める方法が分からない。
いつも私はまわりに流されているだけ。アクシデントが起こった時、いつも誰かが傍にいてくれたり来てくれたりした。私はいつも待っているだけ。でも、今、ここには私しかいない。私が何とかするしかない。
どうすれば、どうすれば誰かに気付いて貰える?!……誰に?
私は転移の魔法は使えない。
風の魔法は目視出来ないから誰に気付いて貰えるか分からない。
ジェイド先生に教えてもらった魔法で空をとんでもいいけど、ここは隔離されている場所だから私では元の場所に帰れないし、アル様を持ち上げて飛べるだけの力もない。私一人で飛んでも、まだこの魔法は安定しないから長時間は持たない。せいぜい数分。それに、この広くて複雑なバラ園で元の場所に戻ってこられるか分からない。それに何よりアル様の元から離れたらいけない気がする。
「どうする?」
どうすれば助けられる?当然騎士たちの巡回もこのあたりにはない。
「そうだっ!」
さっきアル様も言ってたじゃない。今日はレオンお兄様とディアナお姉様も来るって。レオンお兄様だって勿論転移魔法で来る。
どうすれば、レオンお兄様達に気付いて貰える?そもそも、今来ているの?ううん、そんなの今気にしてもしょうがない。
今は考えろ。どうすれば気付いて貰えるか。
あたりを見渡してもあるのはバラだけ。一面バラ。私の魔法が火だったら火柱をあげられた。逆に水だったら水柱をあげられた。
でも、私の魔法は風。どうすればいい?
っあ!
「バラ!」
そうだよ、バラしかないんじゃない。バラがあるじゃない! お姉様の結婚式でもやった。花びらを舞い上げる。バラの花びらは赤いから桜より目立つ。しかも一面バラだから、そのあたりに沢山花弁は落ちている。
この風で花びらを集めて舞い上げ続ければ、気付いて貰えるかもしれない。問題は私の魔力が持つか、だけど
「そんなことを心配している場合じゃない。やるしかない!」
精霊さん。もしいたら私を助けて。
「『風よ』!」
私の声と共に落ちていたバラの花びらが舞い上がる。それを竜巻のようにして舞い上げ続ける。あの時と違うのは、今回は降らせるだけじゃなく、空中に留めておかなければならないって事。でもやるしかない。
「っ、」
お願い、気付いて。
一体、何分こうしているだろう。私の魔力量はそんなに多い訳では無い。
「っ、はぁ…」
もう少しで魔力が切れる。どうしよう。
「っ、だ、れか」
ここで切れたら、魔力が切れたら…。もしレオンお兄様がこの時ここに居なければ…。
…っ!そんな気にしている場合じゃない。
あ、やばい。魔力が、切れる。
意識が…。
「どうしました!?」
「っ…」
薄れゆく意識の中でレオンお兄様の声が聞こえてくる。
「アル、シルフィー、どうしたのですか?!」
良かった。もう大丈夫。安心して魔法を解除する。
「あ、るさまが」
「アル?!」
「たす、け」
「っ!転移します!ディアナ、シルフィーに触れておいてください!」
「はい!」
良かった。もう、大丈夫だね。安心して意識を手放す。
私はその夜、目を覚ました。