007、お父様を説得します
精霊さん達と一緒に歌ったあと、私は早速お父様の所へ行った。この世界には魔法があるのは知っていたけど、循環のことや精霊さんのことについては全く知らなかった。小説の設定をきちんと思い出せないだけかもしれないけど。けれど、循環を終えたから、私は魔法を使えるらしい。使えるなら使いたい。そう思って使おうとしてみたんだけど、使えなかった。この体はまだ魔法を使ったことがないし、前世の桜の世界にも魔法という概念は無かった。当然使える訳でもない。けれど、諦めたくはなかった。前世では、魔法というものは無いからこそ憧れだった。当時小学生だった自分が魔法に憧れを持つのも無理ないだろう。という訳でお父様の所に行った。
コンコンッ
「おとーしゃま、シルフィーです。なかにいますか?」
お父様の執務室をノックする。けれど、お父様の返事はない。もうお昼を過ぎてるけど、お父様はまだ寝てるのかな?
「シルフィー様、どうかなさいましたか?」
「ロバート!」
お父様の執務室のドアの前で佇んでいた私に執事長のロバートが声を掛けてくれた。
「あのね、おとーしゃまがいないの。どこにいるかわかりますか?」
「旦那様でしたら、現在は城にてお仕事をされていると思いますが」
「あ、そっか……」
そうでした……。お父様はお城でお仕事でした……。だから、お家にお兄様しかいなかったんだ。
「旦那様に何か用事でしたか?」
「うん。だからかえってくるまでまちます!」
「急ぎの用事では無いのでしたらそれが良いでしょう。」
「はーい!」
お仕事なら仕方ない。私はお部屋に行って、いい子で待ちます。
部屋に戻ると、アンナがお茶をいれてくれた。
「お嬢様、今はお疲れでしょう。お茶を飲んで少し休憩しましょう。」
アンナは怒った様子もなく、笑顔を浮かべながらお茶を入れてくれた。
「アンナ……、おこってないの?かってにへやをでていったこと……」
アンナは私の言葉に驚いた様子を見せてから、ゆっくり私の前にしゃがんで目線を合わせてくれる。
「怒ってはいませんよ。ただ……、心配はいたしました。急に階段からスティラ様を呼ぶお嬢様の声が聞こえましたので」
アンナの表情は使用人だから怒らないという様子ではない。本当に私の事を心配してくれていたみたい。
「ごめんなさい……。あのね、いつもねるまでみんながいてくれたから、さびしくて……。こんどおひるねするとき、アンナもそばにいてくれる……?」
「ええ、もちろんです。この屋敷の方は皆お嬢様の事が大好きです。そういう可愛らしいお願いでしたら、喜んで叶えますよ」
「ありがとうアンナっ!」
アンナは笑顔を見せ、ゆっくり立ち上がりお茶を机の上に用意してくれた。それから、お茶を飲んで、もう一度お昼寝をしたら、気がつくと5時前だった。いつもならそろそろお父様が帰ってくる。私は部屋を出て、玄関のフロアでお父様を待っていた。
「おとーしゃま、まだかなぁ」
「旦那様が帰りましたらお知らせしますので、お部屋でお待ちいただいても良いのですよ?」
「ううん、ここでまつの。」
だって、ここの方がすぐにお願い出来るし。それに、家族をお出迎えって、あまりした事無かった。誰かをお出迎えするのって、すごく待ち遠しいんだね。今まで、誰かを待つことなんて滅多になかったから楽しい。
遠くから馬車の音が聞こえてきた。
「おとーしゃま、かえってきた!」
私は走って玄関のドアを開けようとしたけど、重くて開かなかった。
「シルフィー様、危ないですよ。ドアは私が開けますからお待ちください」
そう言って、ロバートは玄関を開けてくれる。そこから飛び出してお父様の元へ駆け寄る。私の姿を見た途端、お父様の表情が緩んだ気がした。
「おとーしゃま、おかえりなさい!」
「ただいま、シルフィー。元気になったようだね」
お父様は駆け寄ってきた私を抱き上げて、頬に口付けをしてくれる。お返しに私もお父様の頬に口付けをする。初めの頃は恥ずかしかったけれど、もうすっかり慣れた。
「あのね、おとーしゃまにおねがいがあるの!」
「なんだい?シルフィーがお願いなんて珍しいなぁ。」
「えっとね、」
「旦那様、お話は屋敷の中で致しましょう。シルフィー様は病み上がりですし、体を冷やすといけませんから」
私がお願いを口にしようとした時、ロバートが言った。
「うむ、確かに。ではシルフィー、行こうか」
「はい!」
そう言ってお父様は私を抱き上げたまま屋敷の中へ入っていった。
「それで、シルフィーのお願いはなんだい?」
お父様は談話室につくと、ふわふわのソファの上に私を座らせてくれた。そして、私の顔を見ながら質問をしてくれた。
「あのね、まほうのおべんきょうがしたいです。」
お父様の顔が笑顔のまま固まった。しばらくすると、困惑した表情になり、
「ダメだ」
と、一言で言われた。
「おとーしゃま、どうしてダメなんですか?」
お父様ならいいよって言ってくれると思っていたから、却下されて思わず涙目になる。そんな私を見て、お父様は一歩後ずさると、
「い、いや……、シルフィーは病み上がりでまだ体力が戻ってないだろう……。それに魔力循環を終えていないからまだ魔法が使えないはずだ……。魔力循環は5歳で行われるから、シルフィーはあと2年は待たなければいけない……。だから泣かないでくれ……」
「な、ないてません……」
涙目にはなってるが、泣いてはいない。
「でも、わたし、まほうつかいたいです!」
「5歳になってからではダメなのか? シルフィーは魔力循環が終わってないから、まだ魔法は使えないんだ」
「……じゅんかんしたら、いまからまほうつかえますか?」
「そうだな、循環を終えたなら誰でも魔法を使う事が出来る。しかし、循環は時間が掛かるし、何より気分も悪くなる。シルフィーは病み上がりだから、どんなにシルフィーに頼まれても私はシルフィーに循環をさせたくない。」
分かってくれ、と言いながらお父様は私の頭を撫でる。
「でも、もうじゅんかん、おわってます!」
「……え?」
私がそういった途端、お父様は信じられなものを見る目で私を見る。
「どういうことだい?」
「えっとね、せいれいさんたちにやってもらったの!」
そう言うと、お父様は手で自身の頭を抑えて言った。
「……ロバート、説明してくれ。」
「はい。本日のお昼ごろ、歌を歌っていたシリア様とシルフィー様の元へ精霊達がいらっしゃいました。精霊達はシルフィー様に姿を見せようとしましたが魔力循環を終えていない事に気づき、精霊たちで完了させたようです」
「……分かるようで分からん」
「つまり、お嬢様は精霊に愛されているということです」
「……そうか」
お父様は何かを諦めた顔でそう言った。
「しかし、今まで精霊が循環をしてくれたという例はない。それ程精霊に愛されているという事か。」
「あまり口外されない方がよろしいでしょう」
「確かにそうだな。よからぬ事を考えるやつが現れぬとも限らない」
「ええ、ではそのように」
どうやらお父様とロバートの話が終わったようだ。お父様とロバートがこちらに顔を向ける。
「シルフィーが魔力循環を終えたということは分かった。しかし、シルフィーは病み上がりで、まだ体力も戻っていない。今はしっかり休んで、体力が戻ってからなら魔法の勉強をしてもいい」
「っ! ありがとうございます! おとーしゃまだいすきです!」
ついつい笑顔になる。嬉しい!魔法の勉強が出来る!今すぐ出来ないのは残念だけど、体力が戻り次第勉強が出来る。両手を頬に当てて笑顔でそんな事を考えていた私には、手のひらで顔を覆って、
「うちの娘は可愛すぎるだろう……」
と呟くお父様の言葉や、それを温かく見守るロバートは目に入らなかった。