09 『ペーターセン事件』
『上級管理者要請』
第十六期 二十七ノ八号依頼
地下都市エターナルの通称“地下三階”にて、下記の作業実施についての依頼を行う。
作業内容ーー指定された冬眠ポッドを回収の上、ポッド移送エレベーターにて指定階層へ送致する
指定階 ーーエターナル 八階
指定ポッド ーー東区、エリアC二十九列目、六十七番 IDナンバー8◯◯……フェルディナント・ペーターセン
送致先 ーー上級管理者階層二階
作業人員編成 ーー任意。テクニカル、エクスルーダー、トランスポーター等、作業参加者には規定の報酬を行う
報酬 ーー作業員一人につき百デジドル ※成功報酬
作業優先順位Bランク (二週間以内に完了)
送致するポッドについては一切傷を付けず冬眠状態を維持する事
◆ ◆ ◆
特別な依頼内容ではない。年間を通じて十回ほどはあるかと言う頻度の作業依頼であり、遥か昔から繰り返し行われて来ているごく当たり前の仕事である。
指定された冬眠者はどう言う理由で選ばれるのだろう? 上に送致されるとして何の施設があるのか?
カンペールの街の人々は時々それを疑問として小声で囁き合うも、冬眠ポッドは上に送致されるだけでなく、その逆に下に送られて来る業務依頼もまれにある事から、冬眠ポッドのメンテナンスか交換だろうと言うのが一般的な見解となっている。
その冬眠ポッド移送の依頼、一番の魅力はその報酬の高さにある。普段の依頼よりも桁が一つ違うと言う事は、それなりの危険が伴うのは当たり前なのだが、それ以上に様々な職種の労働者たちのチームプレイによる作業が必要となって来る。
冬眠ポッドを維持管理する集中コンピュータにアクセスして、ポッド機能を終始に渡って維持する事が要求される技術職「テクニカル」
そして冬眠者が入ったままのポッドを移動させるには移送用ローダーと言う生命維持装置付きの専用運搬車が必要であり、それを運搬するための職業「トランスポーター」
更には、ポッドは重量物である事から、切り離した冬眠ポッドを移送用ローダーに乗せたり、ポッド移送エレベーターに乗せる通常の雑務労働者「ワーカー」と、作業全般に渡りネバー・ダイアーの襲撃からチームを守る「エクスルーダー」。
様々な役割を持った者が機能的に動いて依頼を果たす、言わば一大イベントであったのだ。
ーーだが、このポッド移送作業を行なっていたチームに悲劇が訪れた。
ポッドの中で冬眠中だった人物の名前を取り、俗に『ペーターセン事件』と呼ばれるようになったのだが、ネバー・ダイアーの襲撃に遭遇して壊滅してしまったのである。
拳銃携帯を許された一流のエクスルーダー、トム・ハッチソンをリーダーとして、技術・労働・護衛で全十四名のチームを編成したのだが、その内無事にカンペールの街に戻ったのが二人。残りの十二名は現地でダイアーに食い殺されてしまったのである。
生還したのはワーカーの二人、その二人が事件の経緯を語ったその内容が街の住民たちを震撼させる事になる。
……あんなの初めて見た、ダイアーが集団になって襲って来たんだ……
……嘘じゃない、最低でも十体近くのダイアーがいた……
チームは指定されたポッドを外して移送用ローダーに積み込む作業の途中でダイアーの集団に襲われ、抵抗する間も無く壊滅したのだそうだ。もちろん、トム率いる護衛班が入念な周辺警戒を重ねており、瞬間的な襲撃は暗闇に潜んでいたダイアーが足並みをそろえて襲いかかった結果だと言える。
ダイアーは単独行動を好むため、集団化する事はあり得ないと言う定説がもろくも崩れ去った瞬間であり、それ以上にダイアーの中で群れを統率する存在がある事を匂わせるこの事件は、まさしく街の住人には衝撃的であった。
逃げ延びたワーカー二人は四十代のその道のプロ。確実で安全な作業を積み重ねて来た事から人間性に問題は無く、その驚くべき証言の信ぴょう性を疑われる事は無かった。
むしろ一流のエクスルーダーとして住民の尊敬を集めていたトム・ハッチソンとそのチームが、ダイアーに殺されてしまったと言う事実の方が衝撃的であり、地下三階の闇深さに街の住人は震え上がったのである。
危険性が一気に高くなる地下三階の中でも、東区エリアCは中央エレベーターにも近く比較的安全な場所と言われていた。
また、ドアの開け閉め程度しか出来ないとされるダイアーが、二段開閉式ハッチやロック式機密扉で守られる同エリアには入って来れないと言われていた。
だが、このペーターセン事件をきっかけに人々は疑問を抱く事になる。
“全てのダイアーがそうだとは言わないが、中には人間レベルで頭が回るダイアーがいるのではないか? ”と
ネバー・ダイアーの集団化、そしてその集団を操るリーダーの存在。
『ペーターセン事件』から一ヶ月経った今も、カンペールの街では誰もがこの話題一色となっているのだが、別の話題で盛り上がっていた者が少なくとも二人いるーーその正体はリュックとチャド。
リュックが地下から持ち帰ったハードディスク、そのデータに書かれていた『オペレーション・オプティミゼーション(最適化作戦)』その内容についてのみ、二人の興味は集中していたのである。