04 別ルート
『地下一階と地下二階は完全にクリーンアップされた』
この上級管理者による宣言で二つの階は安全だと思われていたのだが、一ヶ月二ヶ月に一度の頻度でダイアーが現れてはカンペールの街から降りた探索者たちに襲いかかっている。
今年に入っただけでも三人の死者を出したカンペールの住人たちは、必然的に上級管理者の宣言に対してこう疑念を抱いてしまうーー地下一階と地下二階は完全にクリーンアップされていないのでは? と
上級管理者に対して面と向かって抗議する事がはばかれる以上は、結果として安全とされる地下一階と二階においてもエクスルーダーを連れた大規模作業に発展せざるを得ない状況下に陥り、メンテナンス作業を請け負うテクニカルたちは頭を痛めていた。
カンペールの住人、そのほとんどが『地下一階と地下二階は完全にクリーンアップされていないのでは?』と言う疑念を抱き頭を痛めるところで思考が停止していたのだが、疑念のその先に思考の羽根を伸ばした者がいる。 ーー十七歳の少年リュック・ドゥシャンである
分厚く頑丈な扉が各フロアを完全に遮断しており、地下三階の扉を開けて上がって来るダイアーの存在などあり得ない事から、彼はこう考えたのである。
(各フロアの中心をブチ抜く昇降エリアだけでなく、実は未解明の別ルートがあるんじゃ? )
そしてその仮定を基に独自の探査を地下二階で粘り強く行った結果、今日の彼の自信へと繋がったのである。
そして、先日カンペールの中央広場で伝説の男を目撃したリュックは未だ意気揚々と独りで地下に潜っている。
大人たちがリュックを誘わないのは彼がまだ少年である事、小柄である事が理由であるのは明白であり、彼も表向きはそれで納得しているのか人知れず単独で地下へと潜って来た。
逆に言えば、大勢の仲間を引き連れたキャラバン方式で目立つよりも、リュックのような単独での隠密行動の方が生還率が高かったのかも知れない。
いつも通り中央昇降エリアを下り地下一階から地下二階の入り口へ。広い円周の踊り場にある三つの踊り場の内、2Cと表記された扉のロックを外してギギギと開ける。
二階はA扉もB扉もその奥は冬眠エリアがそのほとんどの面積を占めており、カンペールの大人たちにしてみればドル箱の仕事場で宝の山。
それに対して2C扉の奥は故障して放置される機材が無数に散乱する無稼動のエリアが占めている。
上級管理者も放棄を宣言している事もあり、誰も寄り付かない死に地と化していたのである。
だがそこにリュックは入って行く。
長く真っ直ぐに伸びる通路は真っ暗
ところどころに点灯する非常灯は闇夜に照らし出される盆提灯のように弱々しく、通路の床にすら届いていない。
結露の水なのか配管から滲み出ているのか、時折ポチャリと水滴が落ちる音が異様に遠くから聴こえて来る。それだけが響き渡る静寂の闇へリュックは足を踏み出した。
姿勢を低く、背中を丸め、壁に自分の片側をこするようにゆっくりと歩く。
まだ暗闇に目が慣れていないのに通路の真ん中を歩くと、あっという間に前後不覚に陥る。そのパニックを避けるためと、自分の頭にインプットされた地図と現在地との距離を測るためだ。
ーー二ブロックほどエリア外縁側に真っ直ぐに進んだら一度右に曲がって四ブロック進み、再び外縁側に向きを取る。目印は廃棄された酸素ボンベが山積みにされたカーゴ
ライトは絶対に点けない
ダイアーは音にはあまり反応しないのだが光には敏感なほどに反応する。
暗闇に立つダイアーは動きが緩慢で、まるで立ったまま寝ているようにも見受けられるのだが、光を極度に嫌っているとでも言いたげに、ライトの細い明かりに照らされただけでも凶暴化して襲って来る。理由は不明だが光に向かって来る習性があるのだ。
だから地下に潜ったリュックが懐中電灯のスイッチをオンにするのはせいぜい、休憩中に弁当を食べたり拾った機材の状態を確認する程度。頭からすっぽりとポンチョを被り、外に明かりが漏れないよう細心の注意を払いながら行う危険行為とも言えた。
ダイアーの習性を逆手にとって狩を行うエクスルーダーたちは光を上手く使って奴らを排除するのだがリュックは違う。やがてパーティメンバー内で必要とされるであろうマッピング能力とその膨大な情報量、それを養い蓄えるために地下潜行を続けていたのだ。
ーー酸素ボンベ山を目印に奥へ三ブロック進む。左右の部屋には故障した冬眠ポッドがズラリと並んでいる。帰りに使えそうな部品を持って帰ろう、チャドが喜ぶぞ
以前は使われていたのだろうが、装置に不具合があったのか、エリアごと冬眠機能を停止させ放棄された部屋が並ぶ。リュックは枝道の数を丁寧に数えながら、本日の目的地へと近付く。
ーー誰にも知られていない、上級管理者さえも知らない僕だけの通路。見えて来たぞ、今日も夜目はばっちり利いてる。
リュックがたどり着いたのは地下二階層最外縁部にあるエリア
ライトを付けていても見逃しそうな行き止まり通路の一角に壊れたモニター機材が積み上げられているのだが、それをゆっくり乗り越えて壁際に。するとそこには小さく『管理室』とペイントされた扉があるではないか。
いくら音には敏感に反応しないと言っても、ドカンバタンと音を立てれば話は別。動くものや人間を口にしたいダイアーは動きが緩慢であっても襲って来る。
ロック式の気密扉を開けると、ふわあっと生温い風が吹き出して来た。
この謎の部屋『管理室』……奥には細い非常階段が下に向かって伸びているこの部屋こそが、唯一リュックだけが知る地下三階への別ルートであったのだ。