02 憧れの人
「腕の立つヤツはいるかい? 中級エクスルーダーなら十デジドルで雇うよ! 」
「チームを組みたいんだ、年間スコアで五十以上の猛者なら十五デジドル払う! 」
「上級管理者から機材回収の依頼が来てる! 一口乗るヤツはいないか? 護衛も募集してるぞ」
ここは地下五階層『管理業務住民』の居住階で、住民たちからはカンペールと呼ばれる街。
天井が低く常にカビ臭い湿気に覆われた薄暗い環境でも、この地下都市エターナルのシステム管理を任された住人たちの終の住処である。
そのカンペールの中央広場では今、毎朝恒例のパーティ募集の掛け声があちこちに轟いている。
「上級管理者からクエストの依頼が来た、誰かエクスルーダーで仕事にあぶれているヤツはいるかい! 」
エクスルーダーとは排除すると言う単語「エクスルード」に〜者を付けた造語であり、この地下都市エターナルの世界における戦士の役割を果たす者の事を指す。
何故戦士などと言う仕事が要求され始めたかと言うと、この『長期冬眠保存エリア』がダンジョンと化してしまったのが全ての原因。ダイアーが出現した事により『長期冬眠保存エリア』全十五階は生きて帰れる保証の無い魔物の巣窟に変わり果ててしまったのである。
それまでカンペールの住民たちは何もやる事が無く、日々を無為に過ごしながら早く地上に出る事を夢見るだけの者、冬眠の抽選から外れた運の無い者たちと言う立ち位置しか無かった。だがダイアーの出現はその生活を劇的に変える。
『長期冬眠保存エリア』で眠る大多数の人間を守るため、上級管理者の指示や提案に従って地下五階層のカンペールに住む管理業務者が実務をこなす構図が生まれたのには、このような理由があったのだ。
全ては“ダイアー”の出現
冬眠保存されていた人々の中で、どのような経緯でどうして誕生したのか全く分からないのだが、自ら冬眠ポッドをこじ開けて徘徊する者が現れた。
その者は脳波と心臓が止まったまま立ち上がった者。理性を失い感情を失いながら、生きる者全てに攻撃的な態度を示すまさに生きる死者。
ネバー・ダイアー、通称ダイアーはケーブルの配線を引き千切り、配管を分断し、施設を壊しとやりたい放題に暴れながら、他者の冬眠ポッドをこじ開けて人肉を喰らうと言う最悪の暴れようを見せ、迷路に潜むモンスターとなったのだ。
だから退屈と怠惰に包まれたカンペールの住民たちは今、上級管理者から提示された報酬に目を輝かせて危険に自ら飛び込むのである。
ある者はハンマーを手にエクスルーダーとしてダイアーに立ち向かい
ある者はトランスポーターとして冬眠エリアにある壊れた電子機器を持ち帰り
ある者はテクニカルとしてその電子機器を修理、時には現地に赴き大規模修理を行うのである
「ふ〜ん……それでリュックは何を目指そうとしてるの? 」
カンペール中央広場の喧騒から一歩身を引きながら、少年と少女が会話を重ねている。
どうやら少年はこの社会の成り立ちを丁寧に説明しながら、少女からその質問を引き出したかったらしい。
「僕はね、エクスルーダーになりたいんだ。ばあちゃんは反対してるけど、僕は絶対にエクスルーダーになる」
「いやいや、エクスルーダーもトランスポーターもみんな“自称”なのよ。あなたが自分はエクスルーダーだって思えばエクスルーダーなんだし」
「そりゃそうだけど、ポイントを貯めて正式に認められれば銃や武器だって支給されるんだよ」
「そこまで上り詰めた人が一体何人いるのよ? ダイアーの食糧になっちゃった人の方が多いはずよ」
ねえ、リュックはダイアーの食糧になりたいの? と、悪戯っぽい顔付きでリュックの顔を下から覗き込む少女。
リュックは手玉に取られているように感じたのか、僕は死んだ父さんの意思を継ぎたいんだともっともな理由を付けながら鼻息荒く抗議する。
「私の両親も言ってたじゃない、私の旦那さんになって水耕プラント引き継ぐべきだって」
ちょっと待ってよ旦那さんとか言うなよと……顔を真っ赤にしながら腰砕けになるリュック。しかし彼女を説得するには上辺だけの言葉では無理だと感じたのか、スッと呼吸を置いて遠くを見詰める。
「マーチャは思わないの? 何かこの世界を変えたいって」
「この世界を……変えたい? 」
ーー冬眠者たちはやがて目が覚めた瞬間に新たな世界が待ってるでしょ? 新しい世界でリスタートする事が約束された人たちだよね。だけど僕らは約束されてない……生きている間に地上への扉が開くかどうかなんて分からない。
僕らの世代で青空が見れるのかそれとも子孫の世代で見れるのか、それまではただただ毎日を過ごして行くだけ。だったらダイアーなんて恐ろしい連中を早く倒して安心した世界で君と過ごしたいんだ。
「リュックの気持ちは分かるし嬉しいけど、ダイアーって滅ぼす事が出来るの? 」
「上級管理者たちが研究してるって聞いた。それにこのカンペールにもダイアーが上がって来るかもって噂を聞いたんだ。闘う準備をするのは悪い事じゃないと思う」
……何か上手い事乗せられているような気もするが と、マーチャが難しい顔でリュックの横顔を眺めていると、楽しげに広場の喧騒を見詰めていたリュックが突如叫んだ。
「マーチャ見て見て! 今広場に入って来た人。伝説のエクスルーダー、“要塞のジェイコブ”だよ。僕はあの人に憧れてるんだ! 」