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18 絶望の淵で



 見るも無残……そう表現するしか無い光景が広がっている。

 五階層カンペールの街は今、街の中心から突如現れたネバー・ダイアーの群れに襲われ、阿鼻叫喚の地獄絵図と化しているのだ。


 街の中心を上下に貫く屋台骨、中央昇降口の扉が開いて地下からやって来たダイアーは、何故か点灯した街の照明に誘われながら、目的地が分かったかの様に住人の家々を襲い続けていた。

 街が異様な明るさに包まれ慌てふためく住民たち。

 上級管理者側からは故障して機能を失ったと説明を受けていたのだが、街の入り口にダイアーが現れた際に入り口の天井にある照明が点き、それがどんどんと輪を重ねるように外に広がったのである。


 ーー今まで見た事の無い明るさに包まれた街、くすんだ暗闇が当たり前の世界で、まるで黙示録の軍団が現れたかのように空が輝いていたのであるーー


 (誰か、誰か助けて! )

 (やめろ、やめろ来るな! )

 (ぎゃあああ! )


 遠くから、近くから、様々な場所から住民たちの悲鳴が飛び込んで来るジェイコブの家。

 今すぐ逃げ出さないとダイアーの餌食になってしまう危険性をはらんでいると言うのに、不思議と彼の家だけは時間が止まっていた。

 ケイリー・ロゼターが独りでソファに身体を沈めながら、愛用の自動拳銃をじっと見つめていたのだ。


 街に異変が起きた当初は、ケイリーもジェイコブの家を飛び出しダイアーに立ち向かったのだが、あっという間に弾丸が尽きてしまい、予備弾薬を取りにジェイコブの家に取り急ぎ戻った。

 その時、彼の机の上でひたすら暗号解読を行なっていたチャドのコンピュータが、ようやくその結果を表示させたのである。


 ーーその恐るべき内容とは、ケイリーの戦意をいとも容易く喪失させてしまうほどに衝撃的であったのだ。


 『エターナル開発事業団職員 完全冬眠化完了後、人工知能によるエターナル管理及び、オペレーション・オプティミゼーション(最適化作戦)の標準化』


 そうタイトルのついた電子データは、ケイリーをモニター画面に釘付けにしてしまうほどの残酷な威力を発揮した。


 ーー住民たちから上級管理者と呼ばれる存在が全て虚構であり、宇宙船エターナルが千年前に航海を始めた段階で収容者『全て』に冬眠措置が取られている事。通称カンペールの街に住む者たちは、“銀河系級恒久移民船エターナル”乗船の抽選から外れ、受精卵や細胞片などのDNAのみが回収された者たちのデータを使って再生されたクローン人間……つまり船務労働のためだけにコピーされた二等劣化人類である事が判明したのだ。


 突如爆発した超巨大太陽フレアに飲み込まれた地球は完全に死の星に変わってしまった。木星の衛星軌道上を回っていた長期生活実験都市エターナルは恒星間航行船としての艤装を整えながら、最後の人類六十万人を乗せて新たな地球を求めて銀河系に緊急脱出して千年……未だに新天地は見つかっていない。


 太陽サイズの恒星が存在し、地球サイズの惑星があったとしても、大気と水と緑が存在する奇跡の星は見つからず待ち受けるのは過酷な環境の星ばかり。エターナル管理事業団の後を受け継いだ人工知能『上級管理者』は規定に基づき人間の改造を開始する。


 『オペレーション・オプティミゼーション(最適化作戦)』

 地球クラスの環境下が望めないのであれば、劣悪な環境下でも人間が生き延びられるように改造すれば良い。

 ーー真空曝露の際に体液が沸騰し辛い体質に、食糧不足を補えるような超雑食化と、食糧欠乏時の自己保存。

 冬眠ポッドで眠る人類を対象に実験は繰り返され、葉緑素で光合成を行う恐るべき新人類が誕生したのである。



 なるほど、ネバー・ダイアーが実験の失敗作であるならば、ペーターセン事件も納得が行く。

 ネバー・ダイアーの集団化、そしてその集団を操るリーダーの存在が街でも話題になっていたが、ネバー・ダイアーが上級管理者のコントロール下にあって、カンペールの街に住む労働用人間の人工管理を行っていると考えれば、何ら不思議ではないのだ。


 『オペレーション・オプティミゼーションの実験は失敗し、冬眠中の人類に甚大な被害を与えている。その中でも無事な検体と旧エターナル事業団職員が眠るポッドは安全確認の上で上層階に移送・保護し、ネバー・ダイアーの排除はカンペールの労働用人間に行わせ、労働用人間が事実を知って反乱を起こさないように、常日頃ネバー・ダイアーを仕向けて戦力を削ぐ』



「これは……カンペールの住民を入れ替えるための清掃作業。秘密を知った我々には存在する価値は無く、いくらでも替えの人間は作れるって事なのね……」


 フラフラと椅子から立ち上がり、そのままソファにドカリと身を沈めたケイリーは、思い詰めたように銃を眺める。

 予備弾薬を取りにジェイコブの家に戻って来たのに、その用意もする事無く完全に呆けている。

 秘密を知ったコピー労働者は街民ごとダイアーに食われるのが運命であり、逃げ延びようにも逃げる場所などどこにも無い。


 ーーようは今すぐ自分で死ぬか、ダイアーに食われるかの二択。カンペールの住人に明日は無いのだ



 街のあちこちから聞こえていた激しい銃声や人々の悲鳴が聞こえなくなって来た。エクスルーダー必死の抵抗もむなしく、街はほぼダイアーに占領されたのだと想像出来る。


 “自分の順番がどんどん迫って来ている”


 もう諦めたかのような淀んだ瞳のケイリー、銃口をゆっくりと自分のこめかみにあてる。

 いつか青空の下で風に髪を揺らす日が必ず来ると信じ、絶望のような今の環境を生き延びて来たのに、まさかどんなに足掻こうが絶望しか待っていないとは。


 諦めて心の整理をしたはずのケイリーだが、いざ銃口を自分に向けると引き金が引けない。悟ったような無表情の顔に涙がスウッと滴り落ちる。

 右手の人差し指に力を入れれば楽になるはずなのに、その最後の動作が出来ないのだ。


 銃を一旦置いて、大泣きしようかーー

 そう思ってこめかみから銃を外した時、突如近くで子供の悲鳴が轟く。

 カミナリに打たれたかのように飛び上がったケイリーは、何事が起きたかと玄関の扉を開けると、何と目の前で親子がダイアーに襲われているではないか。


 母親と幼い男の子が街を逃げ惑っていたところ、ちょうどジェイコブの家の前で四体ほどのダイアーに捕まったのだ。

 母親は首筋と腕を噛まれ、ダイアーに組み伏せられて息も絶え絶え。幼い男の子はダイアーに腕を掴まれ今にも噛まれそうになっている。


「ふざけるなああああっ! 」


 タンタンタンタン!

 ケイリーの放った銃弾は、親子に襲いかかっていたダイアーたちの頭を次々と吹っ飛ばし、あっという間にその場を制圧したのだ。


「坊や、私と一緒に逃げるよ! 」

「イヤだ、お母さんが、お母さんが……」

「お母さんはもう無理! 死にたくなかったらお姉さんの後に付いて来なさい! 」


 今の今まで自分で自分の人生に決着を付けようとしていたのに、よくもまあ他人の命を救おうと必死になれる……


 絶望に涙していたケイリーは、そのまま幼い少年の手を引っ張りながら、行く当ての無い逃走を始める。


 衝動的に家を飛び出したので、予備弾倉は持ち出していない。結果ケイリーの自動拳銃の残り弾数は十一発。

 何百、何千のダイアーが闊歩するカンペールの街で、彼女は名も知らぬ少年の命を守るため、たった十一発の弾丸を手に、街の中へと消えて行った。



 人間の強さとは、遺伝子書き換えによる改造が可能であったり、様々な過酷な環境に適応する適応力ではない。

 人間の強さとは往生際の悪さ、ギリギリまで生きる事に努力する底力の事。つまり遺伝子などの生物的特徴ではなく、心の問題なのである。


 ただ、悲しいかな

 絶望の淵に立たされないと、人間の最後の武器は発揮されない。

 心の強さも、優しさも、名も知らぬ者を助けようとする人類愛も、命の危険が差し迫ったギリギリの状態でないと、その真価を発揮しないのだ。



 ーー宇宙船エターナルはまだ見ぬ新天地に向かって生物としての人間を運んではいても、人の心は太陽系に置き去りにして来たのかも知れない。



  ステリエル・ルーム・クライシス

   終わり





 ◆ あとがき ◆


 私が子供のころ、児童館の図書館に置いてあったコミックに衝撃を受けました。

 漫画のタイトルは「アイ・シティ」 作者は板橋しゅうほう氏で上下巻二冊のそれほど長いストーリーの作品ではありませんでしたが、今もなお記憶が残るくらいの衝撃だったと言う事でしょう。


 近未来SFのスタイルで始まるその作品は、超能力バトルで進むのですが、主人公たちが住む「当たり前の現実世界」が実は巨大宇宙船の中での出来事である事がラストに分かるのです。

 (うわあすげえ!僕もこんな奇想天外でカラクリに満ちた作品が作りたい!)と思ったかどうかは別として、こう言う作品が面白いと言える環境に自分はありたいと思っていました。

 友情努力勝利も良いですし、異世界でチートな悪役令嬢が仮想空間を舞台に剣と魔法で無双三昧も良いでしょう。

 ですが私なりに面白いと前のめりになるのは、SFであったりカラクリの見事さであったり、極限状況下での人間性の描写であったりするのです。


 小説に限らず人々の趣味自体が細分化された現代、「売れ線」ではない事は重々承知の上ですが、アマチュアの特権としてこんな作品を今後も書いていければなと考える次第。

 板橋しゅうほう先生に尊敬の念を表し、終わりとさせて頂きます。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)硬派SFにして硬派ホラーといったところを極めている作品のように感じました。そして物語の舞台となる世界観というか空間がすごく見事かつ壮大に描かれていたのにも関わらず登場キャラクターも深…
[一言] まずは完結お疲れ様でした。正しく衝撃の結末でしたね。まさか主人公達がクローンだったとは…しかも戦力をそぐためにダイアーを仕向けていたとは。ダイアー誕生の理由も成程と思わせられました。 ケイリ…
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