17 ステリエル・ルーム・クライシス 後編
何もかもが工業的な雰囲気を醸し出していた地下都市エターナルにおいて、これほど清潔感に溢れるような区間があるのかと、地下四階から五階に下るエレベーターに乗ったジェイコブは感嘆のため息を吐く。
リュックの言葉に背中を押されると言うよりも、まるでリュックに手を引っ張られるような前のめりでその足を進めたジェイコブ。貨物管理エリアと言う謎の区間の中で『管制室』とプレートが据えられた扉にリュック最後のメッセージを見つけた。
『ここに地下都市エターナルの秘密がある! 』
まとわりつくような嫌な汗をダラダラと垂らし、ジェイコブは臆する事無く気密扉のロックを外してギイイと扉を開けた。
「あ、あっ! ジェイコブさんじゃないですか! 」
腰を抜かした様な素っ頓狂な声を上げたのはリュック。その室内の真ん中でビクリと身体を震わせたのか、何ともみっともないポーズで硬直している。
そして腰を抜かさんばかりに驚いたのはジェイコブも同じ。リュックの遺したメッセージの羅列はまるで彼の遺書のようにも感じ、もしかしたら彼は既に果てているのではと心の片隅で思っていたからだ。
元気でツヤツヤとした肌色はちゃんと食事を摂ったりゆっくり休憩や睡眠をとっていた証拠。
拍子抜けしてコテンと床に尻を落としたジェイコブはリュックを指差しながら豪快に笑い出した。
リュックも釣られてジェイコブと盛大に笑い合うのだが、僕のメッセージを追ってここに来たんだねとジェイコブが今ここにいる理由を自覚したのか、スッと立ち上がりジェイコブに付いて来てと背中を見せる。
見渡せば廊下の冷たさ漂う真っ白な清潔感とは打って変わり、電子機器とモニターが所狭しと並ぶその部屋は、なるほど管制室と呼ぶには相応だなとは納得出来る。
ただ、地下都市の上下階のちょうど真ん中で貨物管理やら管制室やらと、一体何の意味があるのかと首をひねるジェイコブであったのだが、言葉を重ねるよりも先ず見ろとばかりにリュックに誘われ、部屋の一番奥へと足を進める。
電子機器やモニターが途切れてポカンと空いた何も無い空間。ちょうど案内したリュックの上半身が覆われるほどの黒い円盤が壁面に飾ってある。
「ジェイコブさん、これを見て。これがエターナルの姿だよ」
黒い円盤を指差したリュックが一歩下がった。
ポツポツと光点がちりばめられたその黒い円盤、地下都市エターナルの設計図をガラス板に挟んだモニュメントか何かか? と近寄ってガラス面から奥に向かって焦点を変えたジェイコブは……恐怖で飛び退き腰を抜かしたのだ。
何故恐怖を覚えたのかーーその黒い円盤と言うのはガラスが黒く着色されていたのではなく、透明なガラスの先の背景がひたすら黒く、その黒さは光すら照らす事が叶わない人知を超えた神秘の闇であったのだ。
つまり、ジェイコブがガラス越しに見たのは何と宇宙。
恒星たちの眩くも儚げに輝く真空の世界をその瞳に映したのである。
そして、人知を超えた真空の世界を背景に目に飛び込んで来たのは巨大な“馬車の車輪”。
今自分たちがいるエターナルを見上げた頂上から太い柱が横に伸び、それを中心に1から6まで大きく番号がふられた柱がゆっくりと回転しているのだ。
つまり、今リュックやジェイコブのいる地下都市エターナル“らしき”施設は、円形スペースコロニーの柱の一つ。ガラス越しにエターナル1から6までが見えたのであれば、それと対になるエターナル7から12までの中の一つなのだ。
「ジェイコブさん、遠くにある星を見てて。上下に波打つように揺れながら右に流れて行く。だからこの船はどこかに向かってるみたいなんだ……」
リュックはエターナルを自嘲的に船と呼び悲しく笑う。
「ずっと憧れてたんです。エターナルの蓋が開き、再び地上に戻る日が来る事を。僕らが地上に戻る日は来ないのかも」
「何て事だ……」
『そう言うものだ』と言う概念が全て崩れ去り、頭の中が真っ白になってしまったジェイコブ。しばしの間は絶句していたのだが、やっと気持ちが切り替わると、今度は怒気をはらんだ表情へと変わる。
「上級管理者か……。ヤツらがずっと隠しつづけて来たんだな」
ーー地下都市エターナルじゃなくて、その本性が宇宙船エターナルであるならば、俺たちは何のために生まれて今を生きてるんだ? 世界全面核戦争が起きて地下に逃げ延びたのが嘘ならば、俺たちカンペールの住人は『いつから』騙されていたんだ?
ジェイコブは胸のホルスターから愛銃を取り出してリュックに向けた。
いきなり拳銃を突き付けられて一瞬驚いて尻込みするのだが、ジェイコブは銃をグルリと反転させてグリップをリュックに向け押し付けたのだ。
「リュック、これを持ってカンペールの街に帰れ。正直嫌な予感しかしない」
「僕もそろそろ街にと思ってたんだけど……ジェイコブ、どうしたんだい? 戻るなら一緒に戻ろうよ」
リュックが狼狽えながら抗議する中も、ホルスターのベルトを外してリュックに渡したり、バッグの中から予備弾倉を取り出しリュックのカバンに押し込んだりとまるで話を聞いていない。
「ジェイコブ、一緒に帰るんだ! 僕が安全なルートを作るから!」
宇宙を見て絶望し、生きる気力を失なってしまったのかと、リュックはムキになってジェイコブを連れ出そうとするのだが、気持ちの問題ではなく現実的な現象としてこれ以上動けない事をとうとう明かしたのである。
ジェイコブは服の袖をめくり、止血し過ぎて鬱血している左腕をリュックに見せるーーここへ来るまでに、ダイアーにやられちまった。俺のミスだ と
「そんな、そんな! 要塞のジェイコブがダイアーにやられる訳なんて無いのに! 」
ジェイコブは時間が惜しいと考えたのか、パニックを起こすリュックをなだめて落ち着かせるよりも、胸ぐらを掴んで強引に落ち着かせる方を選んだ。
「行け、さっさと行け! 俺たちゃ上級管理者が教えたくない秘密を知っちまったんだ。街が心配だと思わないのか! 」
……分かった、分かったよ
今にも泣きだしそうな顔でリュックはそれを了承する
「ジェイコブ、街に戻ったらまた来るよ。もしダイアーになっても誰かに気付かれる前に、僕がトドメを刺すから」
「はは、生意気言いやがってバカヤローが。お前は二度とここへ来るな。そのマークⅢドミニオンを持って上を目指せ」
「上? 上を目指せって、どう言う事だよ? 」
「カンペールの街よりも上を目指せって事だよ。ここより下に向かうより、街より上に行った方が楽しいはずさ。上級管理者をぶん殴って秘密を全部聞き出すんだよ」
「ふふ、そうだね。そうするよ」
悲しく笑うリュックの背中を押し、早く行けと急かす。
「……早く……行け……ガキは嫌いだから一人にしてくれ」
「さよなら、ジェイコブ」
後ろ髪を引かれる想いなのか、通路を進みながら何度も振り返るリュック。
ジェイコブは彼の気持ちが変わらないようにと、冷たくて重い扉をバタン! と閉め、最後の時を迎えるために心の準備を始めたのであった。
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