16 ステリエル・ルーム・クライシス 前編
『地下四階は冬眠エリアらしい』
『ダイアー二体が左区間にいる』
『このまま通路を真っ直ぐ』
研ぎ澄まされた耳が逆に痛くなるほど何も聞こえない、シンとした静けさの中。
目の前にあるのか、遠くにあるのかすら判別出来ない暗闇をチラチラと動く光がある。
パッと突然点灯してはすぐに消え、そして場所を移動して再び点灯する、まるで蛍のような光、それこそがリュックの足跡を追うジェイコブのライトの輝きである。
場所はエターナルの九階層
カンペールの住人基準では地下四階と呼ばれるフロア
前人未到だった地下四階に二番目に到達したジェイコブは、時に走り時に息を潜め、壁や床に書かれたメッセージを無我夢中で辿っていた。
『二ブロック先を右に』
『ゴメン間違い、三ブロックを右だ』
『突き当たりを左に、壁沿いにしばらく』
ただただ行きがけに書き殴っただけのものではなく、何度も行き来してルートを吟味したかのようなメッセージ。
もちろん、リュックは特定の人物を指してメッセージを残している訳ではないのであろう。だが、まるでリュックの後を追うジェイコブに向かって語りかけるかのような言葉の数々は、疲労困憊となった彼を励ましているかのようだ。
どれだけ歩いたろう、どれだけ走り、そして暗闇で蠢くダイアーの傍らを通り抜けたであろう……
喉もカラカラとなり、玉のように額を垂れていた汗も枯れてしまった頃、急にジェイコブは立ち止まり棒立ちとなった。
ーーそれもそのはず。リュックからいきなり究極の選択を迫られたのだ
ジェイコブが照らすライトの先……リュックが描いた矢印は二股に分かれ、その先には別々のメッセージが描かれている。
『左に向かえば安全に三階に上がれる、カンペールに帰れる』
『僕は右に行くよ。エターナルの秘密を見つけたんだ』
エクスルーダーのチームは壊滅し、もはや救出チームとしては機能していない。このまま左を選んでカンペールに逃げたところで誰にも恨まれる事は無いのだが、ジェイコブが選択に迷う事は無かった。
「……まるで天使に誘われているようだ。リュック・ドゥシャン、君は一体何を見つけた? 」
彼もまた、エターナルの秘密に取り憑かれたかのように、躊躇なく右側に進路を取って闇に吸い込まれて行く。
通常の冬眠ポッドが安置される区間を抜けた先にある、異様に頑丈な扉を前にリュックの警告が現れた。
『この先地下五階の特殊エリア、エターナルの秘密を知る事になる。もしかしたら秘密を知って絶望する者もいるかも知れない。後悔したくないなら引き返すことを勧める。ここは引き返す最後の場所だ』
疲れ果てたのか、額に脂汗を垂らし幾分顔色の悪かったジェイコブはクスリと笑って湿っぽさを弾き飛ばす。
「ご親切にどうも、ここまで来て引き返すヤツなんざいないよ」
神父になる事を諦めた頃に覚悟なんか出来てるぜとーー『貨物管理エリア』と横のプレートが表示する、見るからに特殊な鋼鉄の扉をギリギリと開ける。
そこは工場のように配管やケーブルや鉄筋がむき出しだった見慣れた物々しさが失せた世界。天井も壁も床もシワ一つ無い真っ白なカバーで覆われた通路が奥へと向かい、五階に下るのであろうエレベーターの扉が構えていたのだ。




