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12 チャドの覚悟



 ゴンゴンゴン! ゴンゴンゴン!

 夜も昼も無く、ただひたすら暗がりに包まれながら時を刻むカンペールの街。その街の一角で鉄製の扉を激しく叩き続ける音が響く。


 時間は二十二時、時計の針と共に生きるカンペールの人々にとってはベッドに潜り込む時間であり、街がシンと静まり返っている事から、神経を逆撫でするような癪に触る騒音ではある。


 ゴンゴン! ゴンゴンゴン!


 近所迷惑だと分かっていても、それでも目的を遂げる必然性に駆られているのか、扉を叩く者はやめようとはしない。いい加減自分の拳が痛くなって来たのか、今度は靴でガンガンと扉を蹴り始めたのだ。


 近所迷惑なんか気にしていられないほど、そこまでしても会わなくてはならない人物がいるーー扉を叩き続ける音はそう言う緊迫感も醸し出しており、不思議と近所から怒鳴り声の反撃も受けず、やがて扉の向こうにいた者がやっと気付いたのか、血相を変えて顔を出す。


「ま、マーチャ? こんな夜更けにどうしたんだよ」


 扉の奥から現れたのはチャド。どうやらゴツいヘッドホンを装着していたせいもあって、呼び出しに全く気付いていなかったらしい。

 そして何と、鼻息荒くチャドの家を訪問していたのは自称“リュックの将来の伴侶”……マーチャだったのだ。


 不審げに扉を開けたチャドはマーチャの姿に驚くのだが、普段と全く違う鬼のような形相で更に驚くも、何がどうしたのかと問いただす時間は無かった。顔を真っ赤に鼻息の荒いマーチャはそのままの勢いでチャドの襟首を掴んだのだ。


「リュックのおばあちゃんから話は聞いたよ! 昨日からリュックが帰って来てないって」

「ちょ、ちょっと待ってマーチャ。話を聞い……! 」

「あんただろ、どうせあんたの差し金だろ! どうしてリュックを振り回すのよ! 」


 そう叫びながらチャドの首をグイングイン振り回すマーチャ。怒りが収まらないのかそのままチャドのスネも蹴り始める。


 いきなり夜分に荒々しく家に乗り込んで来て、怒鳴り散らしながら手荒い仕打ちを行う訪問客など叩き出せば良いのだが、チャドはチャドで思うところがあるのかマーチャを叩き出せずにいる。とにかく怒りの嵐が収まって話を聞いてもらうしか無いと言う腰が引けた状態なのだ。


 やがてチャドの目論見通りにチャンスが訪れた

 散々首を絞められスネを蹴られ、か弱い細腕でドツき回されたが、疲れたマーチャがその場でへたり込んだのである。


「マーチャ聞いてくれ、確かにリュックが戻って来ないのは俺に責任があると思う。だが理由を聞いて欲しいんだ」


 何を今更と、大きく肩を揺らして息を整えるマーチャは斜に構えてチャドを睨んだまま。

 理由を聞いたところで、大事な人が危険な場所から帰って来ないこの事実に理解を示せる訳が無い。男同士のロマンや冒険など馬鹿馬鹿しい、堅実に日々を送る事こそ大事なのにと、マーチャの表情はそう物語っている。


 理解を示してくれるかどうかは別としても、リュックと二人で何をしていたのかを説明する必要はあるーーチャドはリュックとの秘密を全て打ち明けた。


 上級管理者も知らないと回答して来た謎の組織、『エターナル開発事業団 』の極秘プロジェクトである『オペレーション・オプティミゼーション 』の内容を解き明かそうとしている。リュックが持ち帰ったハードディスクには専用の暗号解析ソフトが必要で、それを探しに再び階下へ潜り帰って来なくなった。

 そう説明を受けたところで理解出来るマーチャではなく、どうリアクションして良いか戸惑っているだけ。しかしチャドはポカンとしたままのマーチャなどお構い無しに畳み掛ける。


 ーー昨日の今日で、チャドにも進展があったのだ


「今日上級管理者から連絡が来た。地下二階の指定の場所に行けばリュックの場所も分かるし、謎にも近付けると」


 独立したチャドの個人端末ではなく、上級管理者側と共有出来るクラウド端末から連絡が入る。

 『七階層、カンペール基準で地下二階と呼ばれる場所の一角に、地下都市エターナルの旧管理棟 (エリア)がある。リュック・ドゥシャンはその施設に潜入して地下三階に降りた形跡を発見した』

 『その廃棄施設には未だに稼働可能な端末が現存しており、チャド・ヘックスから問い合わせのあったオペレーション・オプティミゼーションとエターナル開発事業団に対しての回答が得られる可能性が高い』


 言い終えたチャドは、傍らに置いてあったバッグを担ぐ。既に地下に降りる準備は終えていたのだ。


「何? これからあんたも地下に行くって言うの? 何で、何であんたまで行っちゃうのよ! 」

「リュックを助ける、真相も解明したい。俺に出来る事はそれくらいだろ」

「危ないでしょうが、ダイアーが出て来たらどうすんのよ」


 冷たい床にへたり込んだままのマーチャは今にも泣き出しそうだ。


「心配するな、お前の大事なリュックは必ず連れて帰る。安心して待ってるんだ」


 それとーー

 チャドはそう言いながらテーブルに置いてあった小さな箱をマーチャに無理矢理持たせる。


「一つ君にお願いしたい事がある。これをG区に住んでいる俺の友人、ケイリー・ロゼターの事務所に届けて欲しいんだ」

「何なのよこれ、自分で届ければ良いじゃない! 」


 マーチャはその人が一体何者なのかさっぱり分からず困惑しているが、ケイリー・ロゼターこそがあの最高のエクスルーダーと呼ばれる要塞のジェイコブのビジネスパートナーであり、以前リュックが地下で遭遇した人物。


 チャドは以前からちょくちょくコンピュータ解析の依頼を受けていたと明かしながら更に真剣な顔付きになる。


 ーーこの箱の中には携帯コンピュータが入っていて、リュックが持ち帰ったハードディスクが繋がっている。リュックが再び地下に潜った後に俺も考えてね……あらん限りの自作暗号解析ソフトをぶち込んであるんだ。


「それをケイリーさんに渡してくれ。俺の身にもしも何かが起きたとしても、彼女に渡しておけば安心だ」


 そう言うとチャドはじゃあなと言って身を翻し、家から出て行ったのだ。


「バッカじゃないの! あんたの身に何かあったら……リュックはどうすんのよ! 」


 マーチャの的確過ぎる指摘はやがて、暗闇に消えて行くチャドの姿と共に闇に散ったのだ。




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