01 ◆プロローグ 『無菌室』について
そのエリアは古くから『無菌室』と呼ばれていた。
重症患者が傷口の感染予防のために保護される施設ではなく、爆発的感染が予想される防疫の困難な病原菌に汚染された患者を隔離する施設でもなく
ただ単に腐食性の雑菌が繁殖しないクリーンなエリアである事から、僕たちの足元に潜む巨大な施設は通称としてそう呼ばれている。
もちろん、清潔感溢れた管理の行き届いた施設……そう言う健全な意味で呼ばれているのでは無い。エクスルーダーやトランスポーターだけでなく、居住区のヤツらやご先祖様たち全員が、顔をしかめながら声を潜めて呼んで来た名前だ。
正式には『長期冬眠保存エリア』
無菌室とは巨大な冬眠施設なのだ。
この地下都市エターナルに収容された人間の総人口は五万人。
五万人を収容出来るほどの容積はあるものの、五万人の人間が日々の人間生活を送れるだけのサイクルを作れなかった事が原因らしい。
世界的な全面核戦争が起きたのが四百年前。
何先年何万年とも言われる、半減期の長い膨大な放射能汚染と“核の冬”到来に慌てた当時の政府は、実験的に建設していた地下都市エターナルに人々をかき集めるだけかき集めたのだが、後先考えずに人を集めて失敗した。全員分の衣食住が確保出来なかったのだ。
原子力発電で電気は確保出来たものの、備蓄されていた保存食だけでは長期的な五万人の地下都市生活を賄う事は絶望的であり、人工太陽光や水を利用して食料生産や畜産を始めたとしても焼け石に水。
つまり圧倒的な「人減らし」をしないと一年も経たずに飢餓が訪れる計算。そこで取り入れられたのが人工冬眠なのだ。
今現在……多分地下都市エターナルが人類最後の砦となってから五百年近く。人工の構成はこうなっているらしい。
らしいと言うのは区長のフェリペさんからそう聞いたから。完全な受け売りだ。
・抽選で選ばれた人工冬眠者が四万五千人
・僕らのような管理業務住民が三千人
・上層階の上級管理者たちが千人
合計で四万九千人の人間がこのエターナルにいる。
五万人の人間がエターナルに逃げ込んだのに、なぜ人間は四万九千人なのか……?
それには深刻な理由がある。
残りの千人とはあくまでも推定の数字なのだが、ネバー・ダイアー(NEVER DIEER)と呼ばれる“死なない死者”だから。人間としてカウントしてはいけない歩く死者なのだ。
『無菌室』で腐る心配が無いダイアーたちは、食料である人間を求めて今も彷徨っている。それが地下都市エターナルの現状なのだ。