幕間 芽野春香の日常
私の名前は芽野春香
中学からなんとなくで始めた陸上競技も今年で5年目。
高校では男子の先輩2人と、マネージャーのみやと、それなりに楽しく走ってきた。
高校1年目が終わり、そして2年生になる。いよいよ私も「先輩」になるのだ。
すでに春休みには、赤羽小蒔さんという1年生が入ってきた。
小蒔ちゃんはめちゃくちゃ速い。背は高いし脚は長いし笑顔は眩しいし愛想もいいし、とてもかわいい。
「かわいいというのは、性的な意味じゃなくてですね、後輩としてという意味でですね!」
「ふへ?」
ウトウトして、思考と現実がごっちゃになってしまい、声が出てしまった。
隣にいたみやがポカンとしている。
「一番可愛いのはみやだよ、チュッ」
「……」
ゲシゲシとみやが肘で何度も殴ってくる。照れ隠しかわいい。
宮山みやこ、つまりみやとは子どもの頃からの付き合いで、何なら家も隣だから、気が付くとみやが隣にいるのが当たり前だった。
みやはかわいい。世界一かわいい。すっぽり収まる小型サイズ。サラサラの髪。とても声が高くて、まるでアニメに出てくるヒロインみたいだ。
4月最後の日曜日の午後。今日も私はみやの部屋に行って、一緒におやつを食べたり、宿題をしたり、本を読んだり。みやは編み物や裁縫が好き(これもポイント高い)だから、私や陸上部の皆によく応援グッズを手作りしてくれる。ちょうど今は、今度の総体で選手に配るお守りをフェルト生地で作っていた。
私は読んでいたマンガを閉じてみやのベッドにうつぶせに寝転がる。ボーっとして、昼寝をするかマンガの続きを読むか考えていたけど、もっといいことを思いついた。
「みや、チューしていい?」
「やだ!」
うん、その一言で、もうかわいい。
ほっぺを膨らまして、プイとむこうを向く。
さっき私がいきなりほっぺにキスをしたから怒っているのだろう。
「みや、好きだよ」
更にたたみ掛ける。みやは少し私の方を向いたが、今度は体ごと私の反対側を向いてしまった。
しかし、手に持っていたフェルトをちゃぶ台に置き、糸を通した針を、針を刺すクッション(名前がわからない)に戻した。
「みや?」
みやはのそのそと立ち上がり、私が寝転んでいるベッドへ近づいてくる。
「わたしも、春香が、だい、すき、だ、あ!」
みやの声が私の脳みそを甘くとろけさせる。しかし、次に訪れたのは、背中の痛みだった。
「ぐえ」
みやが私の背中に乗っかってきた。そのまま私に重なるようにうつぶせになる。耳元にみやの息がかかり、垂れてきた髪が目に当たってこそばゆい。
―――
翌日の放課後
「後輩の、伊藤さんと仲良くなりたい」
陸上部には、1年生の女の子が2人入ってくれた。
一人は春休みから来ていた小蒔ちゃん。小蒔ちゃんとは、すでに仲良くなった。
そして、もう一人は……
明るいセミロングの茶髪は、風になびかないように、サッカーをしてる人がよく着けてるヘアバンドでまとめられていた。
今日の練習から履いている新しいスパイクは蛍光イエロー。初心者のはずなのに、なかなかどうして脚も速い。
入部当初あった化粧っ気はなくなって、よりアスリートとして鋭さが増したというか。
小蒔ちゃんが正統派スポーツ系イケメンだとすると、伊藤さんはアイドル系イケメンだろうか。
みやには、「怖がってるのは春香だけだよ」と言われた。
伊藤さんはすでにみやのことは「みやさん」と呼んでいるし、みやも「伊藤さん」と呼んでいる。
ちなみに、みやは選手のことは、年下でも苗字にさん付けだ。私以外。ぐふふ。
じゃなくて。
なんとかきっかけを探す。
総体前だというのに、雑念が混じってしまう。
いかんいかん、今は練習中で、個別ウォームアップが終わったところ。休憩しているときも気を引き締めなければ。
給水するためにみやの所に行く。ドリンクを置いている机のそばには伊藤さんもいた。
この際だから、彼女に話しかける。
「伊藤さん、新しいスパイクかっこいいね!」
彼女がこちらを向いて、ほんの少し口角を上げて答えた。
「春香さんありがとうございます」
ん?今まで伊藤さんって私の名前を呼んだことあったっけ。
「そういえばですけど」
伊藤さんが続ける。
「春香さん、私のことも『ケイちゃん』って呼んでもらって大丈夫っすよ」
「え、イケメン」
心の声が出てしまった。
みやの方を見ると、珍しくニコニコではなくてニヤニヤ顔になっていた。かわい(略
そうか、みやがフォローしてくれたんだ。
一瞬の間に理解し、およよと心の中で感謝の涙を流す。
「イケメンって……。あ、あと」
「うん?」
伊藤さん、改めケイちゃんも、普段はクールだけど、今日は珍しく口数が多い。
「今週末、総体ですね」
総体とは、『全国高等学校総合体育大会の略称の一つ。 高校総体、インターハイ、インハイも同義 ウィキ〇ディアより』である。
今週末の地区予選から始まって、県大会、地方予選、全国総体と続いていく。私は県大会に出られるかどうか、ぎりぎりのラインにいる。けっこうかなり大勝負だ。
「春香さん、頑張ってください。ファイトです」
グっと、ケイちゃんが握りこぶしを突き出す。ほんのり照れくさそうだ。
「……」
「……」
「あの」
「ケイちゃん!」
「はい?」
「好き」
えっという顔が、ふたつ。目の前のケイちゃんと、少し離れたところでこちらをみていたみやと。
「私、頑張るね!」
エッヘンと胸を張る。
ケイちゃんはとてもいい子だった。
―――
観客席からはっきりと、みやとケイちゃんの声援が聞こえた。
ベスト記録を出した私は、100mで県大会出場を決めることができた。
小蒔ちゃんは100と200の両方で県大会に進んだ。
ありがとう!みや、ケイちゃん。
県大会頑張ろうね!小蒔ちゃん。
おわり
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
もしよければ、お気に入り登録、評価・感想をお送りください。とても励みになります!