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その8

引き続き、けい視点です。


 成り行きで、赤羽あかばねの家に行くことになった。

 赤羽と一緒に、北向きに走る私鉄路線に乗り換える。電車は、市北部にそびえる山脈に向けて、勾配を上ってゆく。


 南は海、北は山に挟まれた都市部は土地が高いから、私たちの高校に通う生徒の多くは、山を切り開いた山間部の住宅地に住んでいる。

 高校は限られた平野部に無理やり作ったから、グラウンドも校舎も狭く、すし詰め状態になる。

 自分は下町に住んでいて、自転車で高校に通えるけど、赤羽たちはこの急勾配を行き来する電車に乗って毎日通学しているのだろう。


「ねえ赤羽」


「ん?」


「迷惑じゃない?私が家に行っても」


 もう電車に乗ったから、引き返すのも面倒だ。こんな聞き方をしても、「迷惑だから帰れ」とは、言われない。


「もう電車に乗っちゃったし、大丈夫だよ」


 ……え?

 もし電車に乗る前に「赤羽の家に行ってもいい?」って聞いてたら、断られた?


 それ以上の会話は、赤羽の家につくまで、なかった。



―――



 電車で20分、駅から坂道をずっと下りて行って、歩いて15分。

 閑静な住宅街にある、二階建ての一軒家に到着した。

 赤羽が家の鍵で玄関扉を開けて、家の中に入る。

 許可を得ず、当たり前にそうするように、しれっと私も家の中に入り込む。


「お邪魔します」


「どうぞー」


 気に障らなかったようだ。廊下を通って、リビングに案内されたが、中はがらんとしていた。自然な文脈で、家族のことを聞く。


「おうちの人は?」


 赤羽は自然体で答える。


「お母さんはママさんバレー。お父さんはゴルフで出かけてる」


「……さっきの赤羽のお姉さんは?」


「ああ」と、赤羽が視線を上に向ける。


「姉さんは一人暮らし」


「大学生?」


「うーん、わかんない」


 乾いた声だった。知られたくなくて誤魔化したのか、もしくは、本当に分からないのか。……多分、後者だ。短い付き合いだけど、赤羽は嘘が下手だというのは、なんとなくわかる。


「シューズの袋持ってくるから、少し待ってて」


 リビングで待っているよう、私に指示を出す。いきなり家に来ることになったんだし、貰い物を取りに来ただけだから、一人で待っているのは自然なことで。むしろ、家の中に入れてもらったことも、幸運だ。


「わかった」


 赤羽はリビングから出て、2階にある自分の部屋に行ったようだ。

 しんと、静寂が訪れる。本当は赤羽の部屋に行ってみたいけど、一人で待つ。

 手持無沙汰で、うろちょろと立ち歩く。

 すると、ダイニングの壁際の戸棚に、トロフィーが飾ってあるのを見つけた。

 大小、数十個はある。全部赤羽が獲ったのだろうか。


「隠されてるわけじゃないし、見てもいいよね」


 じーっと端からトロフィーを観察する。

 赤羽小蒔こまきの名前と、もう一つ、


「赤羽……何て読むんだろう」


 あのお姉さんだろうか。そう考えた途端、ガチャっと、リビングの扉が開く。

 ハッとして、音の方に振り返る。

 赤羽は、少し俯いて、頬っぺたをポリポリと掻いた。


「私のと、姉さんのトロフィーだよ」


 赤羽が呟いて、私に説明する。


「こんなにたくさん。すごいね赤羽」


「でも、姉さんの方が多いよ」


 自嘲がちに言う。

 街中でのやり取りから、赤羽のお姉さんは陸上を嫌っているのは明らかだった。

 陸上が嫌いな人が、陸上が好きな自分より実力がある。そんな感じだろうか、推測だけど。


「私なんか全然」


 自分の成果も含まれているのに、見られたくないものを見られてしまったような振る舞いをする。

 お姉さんと比べて、数が少ないからって、負い目を感じることなんてない。

 もっと誇りを持ってほしい。

 

「それでも、すごいじゃん」


「すごくない!!」


 赤羽が更に俯いて、声を荒げる。立ち尽くす赤羽の方へ、私は歩み寄る。

 なんだか雰囲気が悪いから、どうしたものかと考える。


 右手を上げて、赤羽の頭にかざす。


「……へ?」


 赤羽の頭を撫でると、ねらい通り、間の抜けた反応が返ってきた。


「よしよし。よく頑張ったね」


 更に撫でる。顔が熱い。赤羽の顔はすでに赤くなっているけど、私もそうなっているのかもしれない。

 頭から手を放して、声をかける。


「これから獲ればいいじゃん」


 すると、赤羽の顔が左右に振れた。


「獲らないの?」


「んーん。違くて。もっと」


「もっと?」


「もっと、撫でて」


 赤羽が再び顔を下げる。


「……」


「……よ、よしよし」


「声はいい。恥ずかしい」


「なにそれ」


 フフっと笑いながら、赤羽の頭を撫で続ける。

 私より背の高い赤羽だけど、今はなんだか、子どもみたいだ。


 ”腕がだるいから”赤羽に更に接近して、伸ばした右ひじを曲げる。

 撫でながら、下を向いた赤羽の視界に入るよう、首を傾ける。

 赤羽は涙をちょちょぎらせながら「えへ」と笑ったから、私も「へっへっへー」としたり顔で笑った。



―――



 帰りは駅まで歩いて送ってもらった。

 行きは坂を下ってきたから、帰りは上りだ。

 手が汗ばんできて、さっきの赤羽の頭の感触が消えていく。


「それじゃ。袋、ありがとね」


「うん。気をつけて。また……ね!」


 改札で手を振って、赤羽と別れる。



―――



寝る前、ベッドの上で明日からのことを考える。

 明日からまた学校が始まる。

 ゴールデンウィークも練習があって、連休明けは一年に一回の大会が始まる。

 出場するのは私じゃなくて赤羽だけど、スパイクも買ったし、とりあえず気を引き締めて頑張ろう。


 明日のことを考えようとする私は、頭を何度も枕に打ち付けて、今日のことを思い出そうとする私を抑え込む。

 だけど、心の中で赤羽の名前が出た途端、泣き笑いする赤羽の顔と、赤羽に触れる右手の熱気がフラッシュバックして、体が縮こまった。


第1章本編終了です。

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