その6
引き続き、惠視点です。
昼休み
前の席の赤羽は、律義に机の向きを180度変えて、私の机の正面にくっつけて、机ごと向かい合わせにして昼食を摂る。
体だけ振り向いて、私の机で、二人で食べればいいじゃんと提案したら、目を泳がせた後、顔をほんのり赤くさせ、「まだ、ちょっと恥ずかしい」と言われた。
今度から、赤羽への頼み事は、「陸上モード」のときにしよう。
陸上モードとは、赤羽がハイになってキラキラしているときのことで、反対は「中モード」と心の中で名付けた。中モードの赤羽はもにょもにょと喋る。
―――
4月最後の金曜日
今日も向かい合わせで昼食をとっている赤羽が、珍しく「中モード」のまま、私に話しかけてきた。
「ねえ、伊藤さ……ケイ」
スポーツテストの日から、私は赤羽に「ケイ」と呼ばせている。外でも中でも。
教室ではまだ、もにょってる(もにょもにょしてるの意)けど、それでも呼んでくれる。
私の名前は漢字で書くと「恵」だけど、恵だとちょっと女っぽく感じて、大人の女性になりきれない私は、頭の中で「ケイ」にカタカナ変換する。
「なに、赤羽?」
私は赤羽を「赤羽」と呼ぶ。赤羽が私に下の名前で呼ぶよう頼んでくれるまで。
「明日か明後日さ、買い物に行かない?」
「何かほしい物があるの?」
と、赤羽に尋ねながら気が付いた。
「私じゃなくて、ケイの陸上用品。スパイク買いに行かない?」
赤羽が洋服とか化粧品とかを買いに行く姿が想像できなかった。
だけど、赤羽から私を誘ってくれたのは嬉しい。
私は中学では別のスポーツはしていたから、衣服は揃っているけど、スパイクは買わなきゃいけないなと思っていた。
照れ隠しで少しからかっみる。
「実はもう持ってるよ」
「えっ、あ」
ピタっと固まり、悲しそうな顔をする。やってはいけないことをして、怒られる前の子どものようだ。
気の毒だからすぐに訂正する。
「ごめんごめん。嘘だよ。まだ持ってないし、どれを買ったらいいかもわからないよ」
「……」
なんでいじわるしたの?と顔で聞いてくる。
「赤羽が手伝ってくれるなら、すごく心強い。お願いしていい赤羽?」
そう私が答えると、左手で持ったお弁当箱で口を隠し、じーっとこちらを窺っていた赤羽の表情が緩み、ホッと肩を撫で下ろしていた。
―――
日曜日の午前11時。
いいショップがあるからと、自転車で行けるショッピングモールではなく、電車を乗り継いで、街中まで出た。
駅を出てすぐのところに、銀色でくねくねした謎のオブジェがあり、その周りに、若者が何十人もたむろしている。私たちも含め、待ち合わせによく使われているようだ。
11時に待ち合わせをして、私は11時に着いてしまった。こういうところも、私が集団行動に向いていない根拠になるのだろう。先に着いているであろう赤羽を探す。
……見つけた。
髪を束ね、ジャージ姿の赤羽が目に入る。
背筋をピンと伸ばして、いつも使っているリュックサックを背負い、前で手を組んでいる。休日の街中の雰囲気からは浮いていて、部活動の練習帰りに見える。
軽く手を振りながら、小走りで駆け寄る。
「お待たせ赤羽。ごめんね遅れちゃって」
「おはよー!全然待ってないよ!」
赤羽は笑顔で手を振り返す。
「それじゃ、いこっか」
ふたりで街中を歩く。
私はデニムに白シャツ、黒のキャミソール。
2人を比べると、化粧も、髪の色もちぐはぐだけど、いつもどおりの赤羽でいてくれるから接しやすい。
デートって感じじゃなくなるし、そもそもスパイクを買いに行くのだから、私も運動するときの格好でよかったかもしれない。
「ついたよ、ケイ」
センター街のはずれ、黄色と青の看板を掲げたお店についた。
2階建てになっており、1階はカジュアルシューズが売っている、スポーツ用は、店の奥にある階段を上った先にあった。
壁一面に、色々なメーカーのシューズが飾られている。端から順に、ウォームアップ用・練習用・試合用に分けられていて、スパイクコーナーは店の最奥に位置している。
「赤羽のおすすめはある?」
さっぱりわからないから、頼りになる相方に聞いてみる。
「まずは、足型を測って、短距離用がこれとこれと……」
この時期はシューズがよく売れるのだろう。
店員は他の客に対応している。
周りを見渡すと、赤羽と同じく、ジャージ姿の客がほとんどだった。
場違いな格好でスポーツ用品に囲まれて、少し心細かったけど、赤羽がいてくれたから平気だった。一人で来ていたら、きっとすぐに帰っていた。
―――
蛍光イエローの地に、流線型のメーカーロゴが入っているものを選んだ。赤羽には「派手だね」と言われたけど、明るい茶色に染まっている私の髪の毛と見比べて、「やっぱり、丁度いいかも」と納得した。
店を出て、時間を確認すると12時を過ぎたところだった。
「まだお昼だし、ご飯食べに行こうよ。手伝ってくれたんだし、おごるよ」
「いいよいいよ。あ、ご飯に行くのはいいんだけど、おごってもらうのはいいって意味で」
スポーツショップから一転して街中に戻ったからか、ちょっと”もにょってた”けど、私の提案に乗ってくれた。
「赤羽、なにか食べたいものある?」
聞いて、うーんと悩んでいた赤羽の足が止まる。
誰かを見つめている。知り合い?
「あ……」
赤羽の表情が硬い。
前方から、ショートパンツに長袖シャツの若い女性が歩いてくる。
平均よりも背の高い赤羽よりも更に背が高い。
脚が長く、出るところが出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
凛とした目、鼻筋がスッと通って、10人いれば10人は美人だと答えるだろう。
大人びた雰囲気で、まるでモデルのようだ。
どこか、赤羽に似ている所がある気がする。
リュックサックの持ち手を握りしめ、赤羽が声を出す。私の知らない、暗く沈んだ声。
「姉さん」
女性が答える。
「こんなところで会うなんて、久しぶりね、小蒔」