表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/58

その6

引き続き、けい視点です。


 昼休み

 前の席の赤羽は、律義に机の向きを180度変えて、私の机の正面にくっつけて、机ごと向かい合わせにして昼食を摂る。

 体だけ振り向いて、私の机で、二人で食べればいいじゃんと提案したら、目を泳がせた後、顔をほんのり赤くさせ、「まだ、ちょっと恥ずかしい」と言われた。


 今度から、赤羽への頼み事は、「陸上モード」のときにしよう。

 陸上モードとは、赤羽がハイになってキラキラしているときのことで、反対は「中モード」と心の中で名付けた。中モードの赤羽はもにょもにょと喋る。



―――



4月最後の金曜日

 今日も向かい合わせで昼食をとっている赤羽が、珍しく「中モード」のまま、私に話しかけてきた。


「ねえ、伊藤さ……ケイ」


 スポーツテストの日から、私は赤羽に「ケイ」と呼ばせている。外でも中でも。

 教室ではまだ、もにょってる(もにょもにょしてるの意)けど、それでも呼んでくれる。

 私の名前は漢字で書くと「恵」だけど、恵だとちょっと女っぽく感じて、大人の女性になりきれない私は、頭の中で「ケイ」にカタカナ変換する。


「なに、赤羽?」


 私は赤羽を「赤羽」と呼ぶ。赤羽が私に下の名前で呼ぶよう頼んでくれるまで。


「明日か明後日さ、買い物に行かない?」

「何かほしい物があるの?」


と、赤羽に尋ねながら気が付いた。


「私じゃなくて、ケイの陸上用品。スパイク買いに行かない?」


 赤羽が洋服とか化粧品とかを買いに行く姿が想像できなかった。

 だけど、赤羽から私を誘ってくれたのは嬉しい。

 私は中学では別のスポーツはしていたから、衣服は揃っているけど、スパイクは買わなきゃいけないなと思っていた。

 照れ隠しで少しからかっみる。


「実はもう持ってるよ」

「えっ、あ」


 ピタっと固まり、悲しそうな顔をする。やってはいけないことをして、怒られる前の子どものようだ。 

 気の毒だからすぐに訂正する。


「ごめんごめん。嘘だよ。まだ持ってないし、どれを買ったらいいかもわからないよ」

「……」


 なんでいじわるしたの?と顔で聞いてくる。


「赤羽が手伝ってくれるなら、すごく心強い。お願いしていい赤羽?」


 そう私が答えると、左手で持ったお弁当箱で口を隠し、じーっとこちらを窺っていた赤羽の表情が緩み、ホッと肩を撫で下ろしていた。



―――



日曜日の午前11時。


 いいショップがあるからと、自転車で行けるショッピングモールではなく、電車を乗り継いで、街中まで出た。

 駅を出てすぐのところに、銀色でくねくねした謎のオブジェがあり、その周りに、若者が何十人もたむろしている。私たちも含め、待ち合わせによく使われているようだ。


 11時に待ち合わせをして、私は11時に着いてしまった。こういうところも、私が集団行動に向いていない根拠になるのだろう。先に着いているであろう赤羽を探す。


……見つけた。

 髪を束ね、ジャージ姿の赤羽が目に入る。

 背筋をピンと伸ばして、いつも使っているリュックサックを背負い、前で手を組んでいる。休日の街中の雰囲気からは浮いていて、部活動の練習帰りに見える。


 軽く手を振りながら、小走りで駆け寄る。


「お待たせ赤羽。ごめんね遅れちゃって」

「おはよー!全然待ってないよ!」


 赤羽は笑顔で手を振り返す。


「それじゃ、いこっか」


 ふたりで街中を歩く。

 私はデニムに白シャツ、黒のキャミソール。

 2人を比べると、化粧も、髪の色もちぐはぐだけど、いつもどおりの赤羽でいてくれるから接しやすい。

 デートって感じじゃなくなるし、そもそもスパイクを買いに行くのだから、私も運動するときの格好でよかったかもしれない。


「ついたよ、ケイ」


 センター街のはずれ、黄色と青の看板を掲げたお店についた。

 2階建てになっており、1階はカジュアルシューズが売っている、スポーツ用は、店の奥にある階段を上った先にあった。


 壁一面に、色々なメーカーのシューズが飾られている。端から順に、ウォームアップ用・練習用・試合用に分けられていて、スパイクコーナーは店の最奥に位置している。


「赤羽のおすすめはある?」


 さっぱりわからないから、頼りになる相方に聞いてみる。


「まずは、足型を測って、短距離用がこれとこれと……」


 この時期はシューズがよく売れるのだろう。

 店員は他の客に対応している。

 周りを見渡すと、赤羽と同じく、ジャージ姿の客がほとんどだった。

 場違いな格好でスポーツ用品に囲まれて、少し心細かったけど、赤羽がいてくれたから平気だった。一人で来ていたら、きっとすぐに帰っていた。



―――



 蛍光イエローの地に、流線型のメーカーロゴが入っているものを選んだ。赤羽には「派手だね」と言われたけど、明るい茶色に染まっている私の髪の毛と見比べて、「やっぱり、丁度いいかも」と納得した。

 店を出て、時間を確認すると12時を過ぎたところだった。


「まだお昼だし、ご飯食べに行こうよ。手伝ってくれたんだし、おごるよ」

「いいよいいよ。あ、ご飯に行くのはいいんだけど、おごってもらうのはいいって意味で」


 スポーツショップから一転して街中に戻ったからか、ちょっと”もにょってた”けど、私の提案に乗ってくれた。


「赤羽、なにか食べたいものある?」


 聞いて、うーんと悩んでいた赤羽の足が止まる。

 誰かを見つめている。知り合い?


「あ……」


 赤羽の表情が硬い。


 前方から、ショートパンツに長袖シャツの若い女性が歩いてくる。

 平均よりも背の高い赤羽よりも更に背が高い。

 脚が長く、出るところが出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 凛とした目、鼻筋がスッと通って、10人いれば10人は美人だと答えるだろう。

 大人びた雰囲気で、まるでモデルのようだ。

 どこか、赤羽に似ている所がある気がする。


 リュックサックの持ち手を握りしめ、赤羽が声を出す。私の知らない、暗く沈んだ声。

 

「姉さん」


 女性が答える。


「こんなところで会うなんて、久しぶりね、小蒔こまき


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ