その9
7月の2週目の週末。いよいよ夏本番。夜は寝苦しくて、クーラーをつけるか非常に迷う所だったけど、次の日が大会だから何となくクーラーなしで眠った。競技場前の駅から出ると、今日もさんさんと照り付ける日差しが強い。帽子を被ってくればよかった。リュックサックと接する背中が蒸れて暑い。
県選。略さずに言うと、「…県陸上競技選手権大会 兼 国民体育大会…県最終選考」
要は国体の県代表を決める予選会だ。私たちが出る4×100mリレーに参加標準記録はなくて、中学から大学まですべてのチームが出場できる。現実的に私たちが県を背負って国体に出られる実力はないから、この大会は2週間後のユース地区予選(新人戦ともいう)の調整として出場する。
大会初日の12時過ぎにレースだから、そんなに朝早くない時刻に集合した。今回も学校全体ではなく、女子のリレーチームだけで大会に乗り込む。ちなみに私が4人の中で最後に到着した。
集合してしばらくは観客席で他の競技の観戦をした。国体の予選だから、上は社会人、下は中学生まで幅広い選手が競技をしている。スクリーンに映し出されたスタートリストを見ると、高校だけでなく~~大とか~~製鋼の文字が並んでいる。実況では特に実力のある選手名とその実績をピックアップしたり、長距離走になるとBGMが流れていて中々盛り上がっている。県総体よりも「プロっぽい」感じがする。
「そろそろアップいこっか」
春香さんの号令で、試合の準備をすべて持って4人でサブトラックに向かう。
「い、いよいよだね伊藤さん」
いつもはマイペースにのんびりとしてる感じのみやさんがきびきびと動いている。声も少し震えて緊張しているみたいだ。一方の私は目標の順位やタイムは特にないけど、さっきまでいた競技場のプロっぽい雰囲気の中で走るのが楽しみだった。前の記録会でもいいタイムを出したし、未知の領域に4人で挑むことにわくわくを感じている。
「みやさん緊張してます?」
「してないよ、先輩だし」
みやさんはふんすと胸を張って見せた。
「そういう伊藤さんはどうなの?」
「わくわくしますね」
「まじ!?」
みやさんの張った胸がしぼみ、信じられない物を見たような顔をしていた。
その後のウオーミングアップも、緊張したみやさんがロボットみたいなジョグや体操をして、それを見た他の3人は逆にリラックスというか、微笑ましい感じになった。赤羽も一緒になって笑っていたから気持ち的には大丈夫そうだ。
「ケイ、足長はいつも通りでいい?」
「オッケ」
本番前最後のバトン練習を終え、4人で円陣を組む。
「いよいよリレー出陣だね。リレーに出れたのは小蒔ちゃんとケイちゃんのおかげだよ」
「はい!」
「あざっす」
「春香、私は?」
「あっ忘れてた」
「もう知らない!」
みやさんが起こった顔をしてそっぽを向く。さっきからみやさんは可愛いな。
くすくすと私と赤羽が笑っていると、みやさんの顔もほぐれてきた。
「冗談だって、みや」
「はいはい」
「それじゃ…………頑張るぞお!」
「おー!」
控えめな掛け声を上げて、いよいよ招集場所へ移動する。とりあえず練習の成果を出して、後は野となれ山となれだ。
『男子に続きまして只今より行われます競技は女子4×100mリレー予選です』
県総体のときより気持ちテンションの高い実況の人が競技開始を宣言する。全部で5組のうち私たちは2組目。三走の私は第3コーナー、ちょうど200mのスタートの外側に設置されたテントで待機する。周りは大学生や社会人が混じっている。気が付いたのは茶髪が多いということ。大学生以上は全員染めてるんじゃないかと思う。
1組目がスタートした。歓声と共に一走から二走へ、そして二走が正面から近づきコーナーへ侵入しながら三走へバトンパスを行う。全チームが流れるように一つのバトンを繋いでいく。間近で見ると、バトンパスの滑らかさやほとんど減速しないことに対して芸術的だなと思った。
「第2組、入っていいよー」
スタッフの男性が声をかける。もう一度スパイクの紐を確認してテントから出ると、まず目に入ったホームストレートの観客の多さに胸が高まった。真上から降り注ぐ太陽の光と場内のボルテージの高さで目がキラキラしたけど、気を取られる前にこれまで練習してきた通りにすればいいと自分に言い聞かせる。6の文字が書かれたテイクオーバーゾーンの入り口から足長を測って、助走線として使うために支給された布テープをタータンに張り付ける。軽く流しをしてから自分のスタート位置に戻り、対角線にいるみやさんを見つめる。
『On your marks』
『Set』
『パン!!』
2組8チームが一斉に走り出す。
みやさん頑張れ!明らかに周りに置いて行かれている。だけど頑張れ!あと少し!バトンパスは……いった!上手くいった!
そこまで確認して、頭を曲げて後ろを向きスタートの構えを取る。
春香さんが来る。ここにきて一気に心臓が高鳴る。隣のチームが先に通り抜けていく足音が聞こえる。
そして春香さんが助走線を越え……今だ!
「ハイ!」
右手を斜め後ろに突き出すと、すぐにバチン!と春香さんからバトンを受け取る。ベストタイミングだ。これを絶対に、そして少しでも速くゴールまで運ぶ!
前を向いてコーナーをまわる。遠心力で外に膨れそうになるのを抑えて、赤羽の待つ場所まで駆け抜ける。
「ハーーー」
助走線を超えて少し早めに声を出す。赤羽はピッタリのタイミングでスタートした。いける!赤羽の背中が大きくなる。
「--イ!」
バシッと私の右手から赤羽の左手へバトンが渡る。ちょっと詰まってかなり押し込む感触が強かったけど、繋がった!赤羽の背中がぐんぐん遠ざかる。
「ハァ、ハァ、できた」
初めてのリレーが成功した。
組での順位は低い方だったし、決勝には到底進めない。だけど一人で走るのとは違った緊張感と、言い表せない達成感と充実感を味わうことができた。