その4
引き続き、赤羽視点です。
勝手に舞い上がって、いきなり馴れ馴れしくして、クラスメイトの平和な日常に土足で踏み込んだ、次の日。
そのクラスメイト、つまり伊藤さんとは、朝から顔を合わせないようにしている。
休み時間になると、トイレに逃げた。昼休みは、わざわざ部室まで行ってご飯を食べた。
5限の終わりには机に突っ伏した。伊藤さんが「あのさ」と言ったような声がしたけど、私に向かってのものではないと信じたくて、狸寝入りを決め込んだ。視線を感じたけど、気のせいだと、自分に言い聞かせる。
そうして、やっと1日の授業が終わる。
私は部活動が始まるし、彼女は元の日常に戻る。
それでいい、それがいい、と思った。
しかし、どうしても言わなければいけないことがある。
いきなりあんなことを言って、驚かせてごめんと、謝らないといけない。
帰りの挨拶が終わってすぐ、私は意を決して後ろを振り返った。
伊藤さんと一瞬目が合う。思わず目を瞑ってしまい、そのまま声を出す。
「あの!」
「あの……」
伊藤さんと声が重なる。
しかし、私は構わず続ける。
「ごめんなさい!」
「話が……」
「いきなりで、びっくりしたよね!」
「ねぇ……」
「その、伊藤さんと、仲良くとか、その、あの」
「赤羽!」
……あかばね?って、誰?私?
「……え?」
「赤羽、聞いて?」
声色が穏やかすぎる。それに、予想だにしない単語が、彼女の口から聞こえた。赤羽って。
恐る恐る目を開ける。
怒っている、呆れている、はずだった。
だけど、笑っていた。
笑みを浮かべながら、言う。
「私、陸上部に入るよ」
その言葉は、相手をからかっているものではないと、人付き合いの苦手な私でも理解できた。
「なんとなく、面白そうだったし、赤羽が『向いてる』って言ってくれた、し」
「なんで?」
「なんでって、今言ったじゃん」
アハハと、更に笑う。
「赤羽って、外と中ではキャラが違いすぎるよ」
「うん」
思わず「うん」と言ったけど、実にその通りだった。
「赤羽は私に陸上部に入ってほしいんだよね?」
「……うん」
ようやく頭が理解を始める。後悔と罪悪感で張り詰められた糸が緩む。
その代わり、早く次の言葉を聞きたいと、体の底から願いが膨らむ。ドキドキしすぎて時が止まる。次の一言を聞くと、自分がどうにかなるんじゃないかと、怖くなるほど。
「だったら、決まり」
彼女の声が、微笑みが、私を包む。
「一緒に、がんばるぞー!」
小さくえいえいおー!のポーズを取りながら、彼女がおどけたように言う。
どうにかなってしまった私は、彼女の付き上げた腕をそのまま体ごと引っ張り、まるで運命の再会を果たした恋人にするように、強く強く抱きしめていた。
―――
腕の中でもごもごと声が聞こえた。
「赤羽、苦しい」
しまった!とすぐに彼女を解放する。
「もう」
「ごめんね、伊藤さん。私、またいきなり……」
今度こそ見限られるかと、寒気がした。
「いや、違くて。早く練習に行かないと」
あ……と、時計を見ると、別の寒気がした。
けれど、心はそれ以上に温かかった。