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その2


 ぼんやり赤羽のことを思い出していると、気づけばホームルームが終わり、放課後になっていた。

 一直線に私の席まで赤羽が来る。


「ケイ練習いくよ」


「うん」


 6月の曇り空。いつもと変わらないメニューをするはずが、今日は思わぬ展開になった。


 校舎からグラウンドに出ると、春香さんともう一人、ハーフスパッツにランニングシューズを履いた女の子が練習前の集合場所で喋っているのが見えた。ショートカットで低身長。体つきも、その、でっぱりも引っ込みもなくて中学生か小学生に見間違えるほど。だけど、あれは私たちの先輩のひとり。


「みやさん?あれ」


「うん。みやさんが走るということは……リレーだ!」


「リレー?」


 みやさんはマネージャー。私よりも更に一回り小型サイズで顔つきも幼い。マネージャーとして支えてもらっているけど、こちらとしては守ってあげたい系先輩って感じで愛らしい。でも、どうして走る格好をしているのだろう。


「前に春香さんが、『1年生の女の子が2人入ってきたら、みやさんも誘ってリレーをしたい』って言ってたの」


「じゃあ私もリレーすんの?」


「当然」


 そう言うと、赤羽は私の手を引っ張って「やったーフフフーン」と鼻歌交じりでスキップを始めた。一緒にやるのは恥ずかしかったから、小走りでついて行く。


「お疲れ様です」


「っかれさまでーす!みやさーん!かわいいー!」


「伊藤さん!赤羽さーん!」


 部室に行く前にみやさんの所に行き挨拶をする。赤羽はみやさんに駆け寄って、両手を合わせてきゃっきゃしている。こういう女子っぽくコミュニケーションをとる力が私には足りないなあと思う。


「私も混ぜてよ」


「春香さーん!」


「はるかー!」


「小蒔ちゃーん、みやー!」


 今度は春香さんを入れて3人で輪になってぴょんぴょん跳ねている。私も勝手に入っていいのか分からずもじもじしていると、赤羽が私を呼んだ。


「ほら、ケイも来て!」


「あ、えと、みやさん、春香さん、赤羽ー」


 さっきの3人を参考に、自分もそれぞれの名前を呼ぶ。3人と違って随分と控えめで弱々しくテンポも悪い。

 ぴたりと、4人ともが一瞬固まる。私なにか間違えた?


「やば……」


「ケイ~」


「ケイちゃん!」


「伊藤さん!!」


「ぐはあ」


 輪の真ん中に入れられて、もみくちゃにされた。春香さんとみやさんはポンポン叩いてくるし、赤羽は私の髪をくしゃくしゃにした後、私の頭を抱いてハグをしてきた。


「さあ、頑張るよ!」


 春香さんが右手を輪の中に差し出す。すかさず赤羽とみやさんが手を重ねた。少し遅れて、その意味を理解した私が一番上に手を乗せる。


「えいえいおー!」


「おー!!!」


 こうしてリレーチームが発足した。集団行動が苦手な私がバトンパスなんかできるのだろうか。でもマネージャーのみやさんが走ってくれるって言うし、赤羽も春香さんも喜んでいるから、とりあえず頑張ってみよう。



―――



 新人戦(ユース)まであと1か月と少し。

 練習ではウオーミングアップからクールダウンのジョグもバトンを持って4人1列で行うことになった。メインの練習でもバトン合わせが追加になり、陸上競技が個人種目から一気に団体種目になったように感じる。

 最初から最後まで、他者を意識して息を合わせなきゃいけない。初日は正直しんどくて気疲れした。よくもまあサッカーなんていうスポーツをやっていたなと今にして思う。


 今も、前から春香さん、みやさん、赤羽、私の順でウオーミングアップのジョグを行っている。私が「ハイ!」と言うと、赤羽が斜め後ろに右手を伸ばす。その右手めがけて、私の左手で持ったバトンを『バチン!』と叩きつける。バトンを受け渡すときは痛いぐらい強く押さないといけないらしい。「痛みの反射でバトンを握って落とさなくなるんだよ」と赤羽が言っていた。

 バトンを持ち声を出して前の人に渡しながらジョギングをする。「ながら動作」に、最初はすごく戸惑ったけど私はすぐに慣れた。その『私は』というのが問題で……


「ハイ!」


 赤羽が右手を伸ばす。バトンを持つ左の肘と手首を曲げて振り下ろす動作に入った時だった。赤羽の伸ばされた右手がガクンと下にぶれ、振り下ろしたバトンは空を切る。


「もう一回いくよ」


「ん」


「ハイ!」


 スカッ


「……みやさん春香さん先行っててください!ちょっと赤羽」


 先輩二人と離れて、赤羽を呼び止める。


「ごめんケイ」


「リレー経験者ですよね」


「はい」


「全中行ったっすよね」


「おっしゃる通り!」


 もう一度「ごめん」と手を合わせて謝ってくる。ウインクのおまけがついてきた。悪気はないようだけど、ヘラヘラしているのが気になる。

 結局、今日もしっくりくるバトンパスはほとんどできなかった。



 その夜、思い切って春香さんとみやさんにラインを送ってみることにした。


『赤羽ってバトンパス下手なほうですか』


 我ながら直球すぎる気がするけど、送ってしまったものは仕方がない。数秒で既読がほぼ同時に2個ついた。

 みやさんから返信が来る。


『渡すのもうまくいってないの?』


『もってことは、赤羽からみやさんのパスも難しい感じですか』


『うん、掌じゃなくて指先に当たって痛い』


『真っ赤になってるよ』


 春香さんが補足を入れる。タイミング的に2人一緒にいるのかもしれない。家も近いんだっけか。


『とりあえず、明日相談しよう』


『わかりました』


 平日の夜に一緒に過ごすってどんな感じだろう。一緒にいるって決まったわけじゃないけど、もし一緒にいるんだったら春香さんとみやさんはどんな話をしているのだろう。普段からすごく仲良さそうだし親友って感じなのかな。それともそれ以上の……?


「ないない」


 練習前の赤羽とのキスはルーティンであって、まだそういうのは早い。早い早い。


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