その3
替えのジャージを着て、さっきまで来ていた服を持って、ケイの部屋に向かう。
2階にいるケイのお母さんに「お風呂ありがとうございました」と言うと、「遠慮しないでもっとゆっくり入っていればよかったのに」と言われた。
一緒に入浴したのはバレていないようで、ホッとした。
しかし、それも束の間だった。ケイの部屋に入る直前、ケイの妹の菫ちゃんが私に話しかけてきた。
「赤羽さん?」
「はーい?」
「下の名前が小蒔さんだっけ。ほんとに姉ちゃんと仲いいんだね」
「うん?」
「一緒におフロ入ってたし」
「はっ!!」
菫ちゃんはニシシと笑っている。
「お父さんとお母さんには言わないで」
「別にいいんじゃないの?」
「なんか、恥ずかしいし」
よこしまな気持ちを持つ私と違って、小学5年生の菫ちゃんからしたら、友達同士で家庭用のお風呂に入っても「仲良し」で留まるようだ。
すると、菫ちゃんから意外な言葉をかけられた。
「……赤羽さん、ありがとね」
「え、どうして?」
「姉ちゃんは中学の時にちょっと色々あって、友達がいなくなって」
ケイにそんな過去があったなんて。ケイは中学はサッカー部だったけど途中で辞めたって聞いたけど、その時に何かあったのだろうか。
「そうだったんだ」
「うん。だけど、高校の陸上部で友達ができた!ってはしゃいでた」
ケイが家で私の名前を出してることを知ってドキッとする。
「お姉ちゃんは何か言ってた?」
「えーっと、とりあえず赤羽赤羽って言ってて」
菫ちゃんが頭をひねって思い出そうとしているときだった。ガチャっとドアが開き、中からケイが出てきた。
「誰かいると思ったら、菫と赤羽か」
「うるせぇヤンキー!」
さっきまでとは打って変わって、ケイに悪態をつく。菫ちゃんもケイとは仲いいんだ。
「じゃあね、小蒔さん」
菫ちゃんはぴゅーっと階段を下って行ってしまった。
「小蒔さんって……下の名前」
「ん?」
「いいから!入って」
ケイに促され部屋に入ると、ケイは結構な勢いでドアをバン!と閉めた。
ドアの音にびっくりして真っ先に向かった先にはケイのベッドがあった。そして思わず腰かけてしまう。体が沈んで、そのまま背中から倒れそうになるのをこらえ、「何か悪いことしましたか」と目で訴える。
「あっ、びっくりさせてごめん」
ケイも気まずそうに目を背けた。怒っているわけではなさそうだ。紺のヘアバンドに着心地の良さそうな上下水色のルームウェア。ショートパンツの丈が短くて、プライベート感が引き立っている。
立ち尽くしているケイに声をかける。
「となりに来て」
―――
あれからケイが私の横に座って、しばらく沈黙が続く。風呂上がりの熱は冷めてきて、代わりに緊張が体にまとわりつく。ほんのすぐ隣には、私の好きな女の子がいる。
ずりずりとおしりを擦ってベッドの上を後ろ向きに移動すると、ケイもずりずりと無言でついてきた。とうとう壁にもたれかかり、2人とも脚が伸びて長座になる。
耐えかねて、おどけたように声を出す。
「というわけで、インターハイが終わったわけですけども」
「うん」
「いやー中々、県の壁は厚かったですね」
「だね」
「ケイ?」
「はい」
私はケイの方を向いたけど、ケイは私の方ではなく反対側を向いている。
「やっぱり怒ってる?」
ケイはぶんぶんと首を横に振った。
「緊張してる、とか?」
当てずっぽうで言ってみたけど、ケイの動きが止まった。
試しに、私の左手をケイの右手に重ねてみる。
「ひゃっ!」
ビクッとこっちを向いたケイの顔は真っ赤だった。
…………もう、いいや。
「……ケイ、ご褒美」
今度は体ごとケイの方へ向きを変える。ケイの右手に、私の左手を通して体重がかかる。
しばらく目が合って、やがてケイが目を閉じる。
「……」
「……」
3日ぶりのキスは、これまでで一番甘い香りがした。
「もう一回」
「ん」
さっきよりも少しだけ長く、口づけをする。
そのまま私に押し倒される形で、ケイが仰向けになり、私がその上に覆いかぶさる。
少しでもケイを感じたくて、もう片方の手も繋いで、両方とも私の指をケイの指に絡ませる。
変な体重のかかり方はしていないか少し心配になるけど、声をかける余裕はない。
ケイが明確に目を合わせて、口角を上げる。頬を赤らめながら穏やかな笑顔を浮かべたケイはほんの少しうなずいて、また目を閉じる。
首を曲げて、上から下へ少しずつ着地点を目指す。
「はむ」
「んんっ」
いつもなら、触れてすぐに離れていた唇が、今日は離れない。