その2
「そんなにコソコソしなくていいのに」
3階から、浴室のある1階へ向かう途中、ケイの家族のいる2階を通る。
自分から提案しておいて、ケイの家族に後ろめたさを感じてしまう。緊張して階段を下りる動作もままならない。
「ケイの家族にもし見つかったら、怪しまれるかなって」
ホテルとかの大浴場ならまだしも、恋人でもないのに普通の家のお風呂に二人で入るなんてちょっと変だと思う。
「赤羽が言ったんじゃん」
「うぐ」
はい、私が言いました。ケイがお湯はりのために1階へ下りたら、既にお湯が張られていたらしくて、すぐに戻ってきた。ご両親が沸かしてくれたのかなとか、ケイに何度も階段を行き来させて申し訳ないなと思いつつ、二人で洗面室に入る。
「タオルはこれを使ってね」
差し出されたバスタオルからは、ケイのにおいがした。タオル1枚で意識してしまうのだから、これから私はどうなってしまうのだろうか。
「お、オッケー」
シュルシュルと背中越しにケイがジャージを脱ぐ音が聞こえる。流石にケイの方を向いて服を脱ぐのはできなかった。多分ケイもむこうを向いている……はず。
「先に入ってるね」
「うん。ん?」
ちらりと彼女の背中を見ると、体にバスタオルを巻いていた。ハッと気づいて、さっきケイから受け取ったタオルを見ると、2枚重なっていた。
「そりゃ、そうだ」
待たせては悪いと思い、いそいそと服を脱いで髪をまとめ、私もバスタオルを巻いて、浴室のドアを開ける。
―――
浴室に入った瞬間だった。
「やば」
充満した湯気とタオルと同じ甘い香りが全身を包んで、体が融けてしまいそうだ。
「えーなにが?」
湯船に浸かっているケイが私を見上げてニヤニヤと笑っている。
「なんでも、ない」
平然を保つ努力をする。一緒にお風呂に入りたいと言ったときから多分もうおかしかったけど。
「失礼しまう」
かけ湯をして、私も湯船に入ると、2人分の体積で浴槽からお湯がザパッと溢れ出る。照れくさくてケイに背中を向けて、壁の方を向いて足を曲げる。ケイと背中合わせで、お互いに体重を掛け合う姿勢になった。
「これもご褒美に入るんですかね」
なぜか敬語になってケイに話しかける。
「どうですかなあ」
ケイは私をマネてからかってくる。ケイも少しテンションが高い気がする。
「いい湯だな~」
「……」
「人生で一番いい湯だな~」
「確かに」
「やっぱりケイもそう思……えっ」
「こしょばし攻撃!」
「うひゃあ!」
突然ケイが両手で私の脇腹をまさぐりだす。タオル越しとはいえ、めちゃくちゃくすぐったい。二人でバシャバシャ動くせいで、更にお湯が流れていってしまった。
そして落ち着いた頃には、正面を向かい合っていた。私のつま先がケイのつま先に触れる。くすくすと笑うケイの顔は汗と水滴がしたたっていて、色っぽい。……やばい。
「えーっと」
「……」
「……」
このままケイに抱き着きたいなあとかぼけーっと考えていた。
「先に体洗うね」
「んー」
立ち上がったケイのバスタオルの隙間をのぞき込もうとする自分を抑え、足を延ばして壁にもたれかかる。湯船のお湯は結構減っていて、半身浴みたいになっていた。
私から見えるケイの生の背中は、とてもほっそりとしていた。わしゃわしゃと髪を洗っていて。脇が開いてるから、そこへ視線が行ってしまう。ごくりと生唾まで飲んでしまった。なんとか会話をして理性を保たねば。
「ケイって体重何キロ?」
ん?と振り返るケイの胸が見えそうになる。
「××」
「うぇ!」
「赤羽は?」
「##」
「それは……筋肉でしょ」
ショックで目が覚めた。良かったけど、悪かった。
どうにかしてケイも筋肉ダルマにできないか考えているうちに、ケイは体を洗い終わったようだ。
「それじゃ、お先に上がるね。のぼせちゃダメだよ」
もうケイにのぼせてます。違うか。
―――
お風呂から上がると、ケイはすでに脱衣所から出て行っていた。コンセントに繋がれたドライヤーが目に付く場所に置いてあって、ケイの優しさを感じた。
ドライヤーで髪を乾かしながら一息つくと、今度はまた別の緊張で胸がどきどきしてきた。
「ケイの部屋に帰ったら、いよいよ……キス?」
うわあああと言う心の声が腕に伝わり、温風に当てられている髪の毛を左手がかき乱した。