その3
引き続き、赤羽視点です。
次の日の授業中
自分で同級生を陸上部に勧誘すると言っても、誰から声をかけようか。
もう部活動に入っている人は誘えない。となると、放課後に教室に残っている人か、「帰宅部っぽい」人に声をかけようか。
「っぽい」てなんだ……
それに、教室に残っている人も、数人でおしゃべりをされていると、一人で誘う勇気はない。
気が付くと、放課後になっていた。
クラスメイトが立ち去ってゆく。
そんな中、窓にもたれかかり、ぼんやりとグラウンドを眺めている子がいた。
後ろの席の伊藤恵さん。
クラスの自己紹介のとき、「恵と書いてけいと読む」って言っていたっけ。
セミロングの髪は明るい茶色に染まっており、薄っすらと化粧もしているようだ。制服は軽く着崩して、スカートの丈も短い。
陸上一筋、化粧もろくにしたことがない私とは、住む世界が違う。
以前、「おはようございます」と私が言うと、「どうも」と返してきた。クールで近寄りがたい感じがしたから、朝の挨拶をする以外では、話したことがない。
そんな人を、うまく誘えるだろうか。
でも、伊藤さんが帰る前に早く声をかけないと、今日も勧誘ができなかったことになってしまう。
もう声をかけられそうな人は他にいない。
「(勧誘できませんでした、よりは、勧誘したけど失敗しました、の方がいいよね)」
かくして、不良っぽい怖い人(私基準)に声をかけることに決めた。
私は立ち上がり、彼女の方へ向かう。
―――
「伊藤さん!その、もし!もしよかったらだけど……もし、まだ部活が決まってなかったら、その、陸上部に!……来な、い?」
自分でも、口が回っていないし、声も上ずっていることがわかった。
相手は、いきなり私が話しかけたからだろうか、目を丸くして固まっている。
あああ
軽くパニックになる。
何か言わないと、間が持たない!そう思い、根拠のない勧誘っぽいことを言う。
「伊藤さん……向いてると思う!」
やっぱり今のこと聞かなかったことに…と言おうとしたときだった。
「見学だけなら、いいけど」
え?
来てくれるの!?
「今日は、見てるだけで、いいからね!」
見学する=入部する。そんなわけないと、言ってから気づいた。
―――
「お疲れ様でーす!見学の子、連れてきました!」
グラウンドに出ると、解放された感じがしてテンションが上がる。何から逃れたのかはわからないけど……
それに、見学の同級生を連れてきたから、今日は尚更。
芽野センパイが迎えてくれる。だけど、
「もしかして、見学に来てくれたの?」
「はい」
「ほんと!?ゆ、ゆっくり見ていってね」
芽野さんも、普段接することのない、垢抜けた女の子を前にしたからか、さささーっと陸上部の皆のもとへ戻っていってしまった。
伊藤さんと一緒に部室棟へ行き、荷物を置いて練習着に着替えてから(私が着替えている間も部屋の中にいた。緊張する)、グラウンドへ出た。
伊藤さんはどこにいてもらおうかと見回すと、顧問の先生が使っているパイプ椅子が目に入った。そこへ案内する。
スーっと息を吸う。
今から私は走る。
風になる。
「よし」
せっかく来てくれたんだから、いいところを見せよう。
固くならず、ありのままを見てもらおう。
「それじゃ」
伊藤さんが椅子に座ったのをみて、一言声をかける。
すると、
「赤羽さん、頑張ってね」
頑張ってね…………声が、頭の中で反響する。
この人に、もっと私を見てほしい、たった一言応援されただけなのに、力がみなぎった。
この人と仲良くなりたい。
だったら、「さん」はつけず、フランクに……
「呼び捨てでいーよ!見ててね!伊藤!」
人間関係の距離感を計り損ねた私は、後で後悔することとなる。
―――
練習に集中していた。気が付くと、パイプ椅子には顧問の先生が座っていた。
「見学の子は?」と聞くと、「先に帰ったよ」と先生は言った。
引いてしまったのだろう。
いきなり、呼び捨てはやりすぎた。
やってしまったという後悔の念を抱え、練習を終えた私は帰路につく。
明日、どんな顔をして彼女に会えばいいんだろう。