その3
「うーん」
時刻は18時20分。朝早くから外で活動して、正直疲れた。体育会系の若者が何を言っているんだと喝を入れられそうだけど、私は元々は非活動的な方だ。休みの日はずっと寝てるし、今だって目の前に布団が敷いてあれば喜んで飛び込むだろう。
「ねぇケイ?この後……」
「いや」
いい案を思いついた。早く帰れるし、赤羽の試合の応援(?)にもなる。
背伸びをして、隣にいる赤羽の耳元に口を近づける。
「明日と明後日、『赤羽が頑張ったら』していいよ。3日分まとめて」
いつも赤羽の方から迫ってキスしてくるから、たまには可愛がってやろうという気持ちもあった。……本当だよ。
「……よし。乗った」
赤羽は一瞬固まった後、ニヤッと笑って、答えた後も口角が上がったままだった。そこまで楽しみにしてくれるのは、こっちとしても嬉しい。『ご褒美作戦』は我ながら感触がよかった。
―――
6月2日 県総体2日目
今日は場所取りがないから、朝は早く来なくていいかなと思ったら、赤羽の200mの予選が9時過ぎにはもう始まる。寝る間際にパンフレットを見返してよかった。うかうかしていられないと思い、昨日と同じ朝の7時には競技場に着いた。
「おはようケイ!」
「伊藤さんおはよー……ぐう」
バックストレートの観客席のさらに上、最上階の通路にある自分の高校の陣地に着くと、すでに赤羽は荷物を下ろしてストレッチをしていた。ブルーシートにはもう一人、みやさんが正座で座っていた。みやさんは私を確認するとそのまま丸まって昨日と同じ体勢で眠ってしまった。
「おはようございまーす。みやさんおやすみなさーい」
「ケイ、こんなに早く来てもやることないんじゃないの?」
確かにその通り。試合前の赤羽のために何かできることはないかと考えたけど結局何も思いかなかった。
「赤羽の応援、したくて」
だから正直に言うしかなかった。照れくさいから赤羽から目を逸らしてほっぺを引っ掻こうとしたら、ボスン!と前から衝撃が来た。
赤羽が私を真正面から抱きしめて喜んでいる。軽くジャンプされるせいで、ファスナーがほっぺに擦れて少し痛い。
「サン、キュ!ケイ!」
「う、うお、うん」
私もつられて、つま先でぴょんぴょんと跳ねる。
ジャンプのタイミングのずれと身長差で、私のピステ(シャカシャカのトレーナー)と赤羽のウインドブレーカー(シャカシャカのジャージ)が擦れてシャカシャカシャカシャカと音を立てた。
「へぇ、ケイって言うんだ」
この声は昨日聞いた。赤羽の体で見えないけど、誰が来ているのかすぐに分かった。
「ノエルじゃん。おはよう、ノエルも早いね」
ウェスト乃英流。昨日初めて会った後に、気になってパンフレットのスタートリストを見ると、1年生ながら100mにエントリーしていた。赤羽と同じく地区予選を勝ち抜き、この大会に出場するようだ。
ノエルはぴょんぴょん跳ねる赤羽の後ろで、腕を組んで不満そうな顔をしている。その表情の原因はきっと私だろう。
「ウェストさん、おはようございます」
「ノエルでいいよ、ケイ」
赤羽はノエルの面白くなさそうな顔に気が付いてないようで、「もう仲良くなったんだ」と満足そうにニッコリ笑っていた。
「せっかくレース前の小蒔に会いに来たのに、先客がいたんだね」
「会えたじゃん、ノエル」
そうだそうだ赤羽もっと言ってやれと、心の中で呟く。
「ウェス……ノエルも赤羽の応援?」
「え、応援に来てくれたの?」
「勘違いしないでよね。明日の100mの前に今日の200mで消耗しすぎるなって忠告しに来たのよ」
フン!と顔を横に振って、ふてくされている。
「もちろん。明日は負けないよ!」
「勝つのはわ・た・し!……あ、そうだ」
ぷんすか怒っていたノエルは急に真顔に戻り、視線をこちらを向ける。
「ケイ。連絡先教えて?」
私?
「いいけど」
ポケットからケータイを取り出して、お友だち登録をする。
ノエルは素早くケータイを操作して、QRコードを表示させた画面を突き出し、「あんたから申請しなさいよ」と謎のプレッシャーをかけてきた。
「それじゃ、あっかんべー!」
整った顔をベロ出しと引き下げられた下まぶたで台無しにしながら、ノエルは去っていった。
「変なの」
赤羽の鈍感やろう。まぁいいけど。




