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その2


小蒔こまき元気だった?」


「うん元気。ノエルは?」


「私は小蒔がいなくて寂しい。元気じゃない。転校してきて?」


 ノエルはさっきまで満面の笑みだったのに、急に顔がしょげてしまった。目を瞑って口を曲げている。


「赤羽の知り合い?」


 二人の距離感の近さに驚く一方で、「転校」の言葉が本気なのか冗談なのか分からない。


「そうだ……」


「そうそう。小蒔はパートナー!マイベストフレンド!」


 赤羽の代わりにノエルが答えた。

 白い肌、高い鼻にブロンドのロングヘア。口ぶりからしても、どこかの国のハーフだろうか。

 赤羽は困ったように笑っている。目で私に謝っているようにも見える。


「きみは?小蒔の同級生?」


「伊藤です。どうも」


 圧倒されて、首を少し前に出すだけの挨拶をしてしまう。


「ウェスト乃英流。小蒔の元同級生だよ」


 もう私の出る幕はないなと思い、再び手すりにもたれ掛かってトラックとフィールドをぼんやりと眺める。今度はスタッフと補助員が、ハンマー投げの安全のために使う巨大な囲い網をトラックの外から中へ押し込んでいる。

 横からは「なんでこんな高校に行ったの!?」とか「約束したじゃん!」とか、何やら穏健とは言えない内容が聞こえてきた。



―――



 ノエルが去ってから、赤羽は「はあ」と大きくため息をついた。

 さっきの内容が内容だから、中学の時に何かあったのだろう。

 だけど、最初に会ったときはハグをしていた。


「仲よさそうだったね」


「ノエルとは中学の時に一緒に陸上をしてて、リレーで全中まで行ったの」


 全中とは、中学生の全国大会のことで、サッカー部でもその名前は何度も耳にした。こちらも、正式な名称はすっかり忘れた。


「赤羽って全中出たんだ」


「個人じゃないけどね」


 以前赤羽の家で赤羽の姉の話をしたときに見た、悲哀に満ちた遠い目をしていた。

「リレーで出ただけでもすごいじゃん」って言うと、前みたいにまた怒らせてしまうだろうから、さらっと流して話を進める。


「あの人、赤羽に『転校してきて』って、マジで言ってたの?」


「ノエルとは同じ高校に行こうねって約束してたんだけど、私の方が破っちゃったからね」


「ふーん」


 気になる。赤羽に何があったのか、全部詳しく聞きたい。だけど「言えない」と拒絶されるのが怖くて、それ以上は聞けなかった。

 その代わりに、少しだけ横歩きで赤羽に近づく。


「赤羽」


「ん?」


「転校しないでね」


「するわけないじゃん」


 冗談だよと笑いながら、赤羽が肘で私を小突く。


「ノエルと仲良くしてたのが気になったんだ?」


「うん。すっごく気になった」


「そういう素直な所も好きだよ」


「……」


「……」


 照れくさくて黙っていると、耐えかねた赤羽が今度は私の両肩をぐらぐらと揺らしてきた。


「ケ~イ~」


「なんだよう」


 赤羽は私を揺らすのをやめて、その両手を私の首にまわし、後ろから抱きしめる。


「3日間よろしくね」


「はいはい」


 耳元でささやかれて、頬が緩む。



―――



 1日目は赤羽の出る種目はないから、赤羽はサブトラックで調整の練習だけして、残りの時間は陣地前の観客席で観戦していた。

 私は補助員として汗水流して働いた。昼休みにはパックのお茶とお弁当が支給された。8時間労働には見合ってないぞと思いつつ、でも誰かがやらないといけないしと諦めて、終わるころにはクタクタになっていた。

 昼過ぎに3000m障害のハードルと水濠へ誘導するための縁石を設置していると、スタート前の選手のざわめきを切り裂いて「ケイ頑張って~!」と呑気な声が聞こえた。長い腕をぶんぶんと大きく振っていたけど、さすがに恥ずかしくて顔をそむけた。


 競技を終了したのが17時30分。そこから掃除をして、結局帰りの電車に乗ったのは18時を回っていた。

 同じ競技場から帰る高校生で電車内がごった返している中で、隣でつり革を持って立っている赤羽が私に耳打ちする。


「ケイ、今日の分してない」


 今日の分とは、キスのことだろう。学校の中ならいくらでも人気のない場所はあるけど、あの熱気に包まれた競技場の中にはそんな場所はない。私も仕事をしていたし。


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