その1
県総体。略さずに言うと、「…県高等学校総合体育大会・…県高等学校陸上競技対校選手権大会」
パンフレットの表紙に書かれたこの文字列を見て、最初はなんじゃこりゃと思った。早起きしたせいで眠い。ふがふがと大きな欠伸をした後には、もう略さない方の名前を忘れてしまった。
「めっちゃ人いるじゃん」
6月1日。今日から3日間、インターハイの県予選が始まる。
何かの国際大会を記念して作られた、県で一番大きなこの競技場には、地区予選とは比べ物にならない数の人と高校が集まった。
朝一番に学校ごとにクジを引いて、競技場内に設置するシートの場所を決める。
くじ引きと場所取りは私とみやさんに任された。朝7時にみやさんと一緒に引いたクジには「151」と書かれていた。
競技場内に続くゲート前には、開門を待つ色とりどりのジャージを着た高校生がずらーっと並んでいる。
「こんなに高校の数が多いとは思わなかったです」
「ね~」
みやさんは眠たそうに目をこすっている。可愛らしい感じも相まって、先輩だけど子猫みたいだ。
「そういえば、伊藤さんって中学は何部だったの」
みやさんとは1対1ではあまり喋ったことはない。
「サッカー部でした」
「へぇ!かっこいいねぇ」
「途中で辞めちゃいましたけどね」
「なんで辞めちゃったの?」
「……色々あって」
みやさんは不思議そうに首をかしげたけど、それ以上は聞いてこなかった。
程なくしてゲートが開き、何百人が一斉に競技場に吸い込まれていく。パンフレットの競技場の地図のページを見ると、バックストレートの上段に151の番号があった。
スロープを上り、観客席の最上席よりもさらに上の広い通路に向かう。コンクリートの床にガムテープを貼って場所が区切られている中で、自分たちの番号を探し出す。すでに両隣にも別の高校が陣取っていて、それから先もまた別の高校がブルーシートを広げている。
「それじゃ、皆が来たら起こして……ね。ぐう」
ひと段落付くと、みやさんはシートの上で正座して腕を組み、そのまま前に倒れた姿勢で眠ってしまった。窮屈そうだけど、丸まった形が何だか面白かった。
―――
少し遅れて他の部員が到着する。
「ケイおはよう。場所取りありがとね」
「おはよ」
赤羽も合流する。声が軽くて、表情も柔らかい。今日は一段とキラキラモードになっている気がした。これだけの人数が集まった大会に出るとなると、やっぱり気合いが入るんだろうなと思う。
初日は金曜日だから、陸上部はみんな公欠を取って競技場に来る。といっても私は出る側じゃないし、赤羽の200mは明日、100mは明後日にある。今日は補助員として、砂場の整地をしたりハードル運びとかの運営の手伝いに駆り出される。
「それにしても、眺めがいい場所を取ったね」
バックストレート最上階からはトラックだけでなく、競技場を一望できる。
落下防止の鉄の棒にもたれ掛かって、ぼーっと場内を眺める。運営のスタッフと補助員の高校生が協力して、芝生のフィールドに投てき種目の距離を測るためのラインテープを伸ばしていた。
まさか高校生になって、こうしてスタジアムに戻って来るとは思わなかった驚きと、かつて私がいた場所に馴染みのない模様が刻まれている新鮮さを感じた。
ふがふがとまた欠伸をすると、隣にいる赤羽もふがふがと口を大きく開けて息を吸っていた。
「フフッ」
「どうしたの?急に笑って」
「欠伸が移ったんだなって」
照れくさいけど少し嬉しい。
その時だった。背後から私たち、正確には私の隣にいる人に向かって、知らない声がかかる。
「こ、ま、きー!」
「うぐ!」
気づいた時には、赤羽の背中に知らないジャージの女の子が抱き着いていた。
「久しぶり!こんなところで会えるなんて!」
「ノエル!」
ノエルと呼ばれたその子は、肌が白く、鼻が高くて、一目見ただけでもわかるほどの美人だった。そして日本人離れしたブロンドヘアをたなびかせ、今度は正面から赤羽を抱いて、その背中をポンポンと叩いていた。