その2
赤羽視点です
私は物心ついたときから、元陸上選手の父と一緒に走っていた。
遺伝とか英才教育とかのおかげで、脚は速い方だった。
当たり前のようにクラブチームに入り、中学も陸上部。
短距離のエースとして、皆に頼りにされて、向いてもいないキャプテンもこなした。
だけど、それだけ。
私は走るだけ。うん、そうだろう、きっと。
深く考えると、弱い自分が、私を飲み込んでしまう。
私は走り続ける。
走っている間は、私は無心の風になる、どこまでもいつまでも。
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中学から高校へ上がる春休み。
家族からは「勉強も頑張りなさいよ」と言われ、私学の推薦はパスして、県立高校を受験した。
合格した次の日には、両親に買ってもらった新しいジャージを着て、高校のグラウンドにいた。
早いうちに陸協登録をしておくと、1年生でも高校総体にエントリーできるらしい。
今は総体のために走ろう。
私は陸上ができて、ハッピーなのだ。
―――
4月の下旬のある日、2年の芽野センパイと話をしていた。
「今年は女の子が1人入ってくれて嬉しいよ」
その一人は私だ。
曖昧な情報と高い偏差値だけで選んだこの高校の陸上部、なんと女子部員は私を入れて3人。
2年の短距離ブロックの芽野さん、同じく2年のマネージャーの宮山さん。
短・長・マネ合わせて7人。少数精鋭、もとい、閑古鳥が鳴く細々とした部だった。
強豪校じゃなくてほっとしたと、心の中で呟く弱い自分とは向き合わない。
「あと一人入ってくれれば、みやも入れて4人でリレーでいるのに」
みやとは、宮山さんのことで、芽野さんは「みゃー」と甘えたりするし、他の人も「みやさん」と呼んでいる。
宮山さんは嫌がるだろうなと思いつつ、でも、少しワクワクした。
「じゃあ、私、頑張って勧誘します!」
芽野さんは驚いたような顔をする。
「人見知りなのに大丈夫?」
……大丈夫じゃない。
私は陸上をしていないときは、コミュニケーションが下手な引っ込み思案になってしまう。
陸上以外の場面では、自信がなくなってしまう。
この前、校舎内で芽野さんと顔を合わせたとき、発見されてしまった。
「だ、大丈夫です。任せてください!」
でも、陸上をしているときは、私は間違っていないと、思い込むことができる。