その0
ケイ 〈伊藤惠〉
陸上初心者。明るめの茶髪、スパイクは蛍光イエロー。
赤羽と仲良くやっていきたい。
赤羽 〈赤羽小蒔〉
アスリート体型。走るときは伸ばした髪をひとまとめにする。
とりあえず、まあケイが好き。
ケイ視点になります
前章7話と同じ時系列から始まります。
他人には興味がなかった。いや、興味を持たないようにしていた。
同じ陸上部に男子が3人入っていたことも、わざわざ誰かには聞かず、赤羽だけを見ていた。
赤羽は「私と陸上をしたい」と言ってくれた。グラウンドではキラキラして、教室ではもにょもにょする赤羽が面白くて、魅了されていたんだと思う。
そんな彼女が、陸上部の男子の前で、もにょらず(もにょもにょせずの意)楽しそうにボウリングをしていた。「私の知らない赤羽」を見て、怖くなった。
赤羽は私を必要としてくれる。私を必要としてくれない赤羽は、いらない。
―――
繁華街から歩いてきて、前に2人で来たことのある公園を通りかかった。
赤羽の方から「休憩しよう」と誘ってくれて、ホッとする。
前にも座ったベンチに2人で腰掛ける。
「楽しくなかった?」
ボウリング場では、「体調が悪い」と言って先に一人で帰ろうとした。だけど、赤羽は私について来てくれた。心配をかけてしまったなと考えて、赤羽の質問に正直に答える。
「怖かった」
「え?」
「赤羽が知らない人になったみたいで」
「私が?」
赤羽は私と同じで、人付き合いが苦手な方だと、勝手に思っていた。そんな自分勝手な憶測を「怖かった」と赤羽のせいにする自分は最低だ。
見捨てないでほしいと思った。逃げられないよう、隣に座る赤羽の手を上から握って、抑えつける。
「ケイ?」
「赤羽は!……みんなと、あの人たちと仲良くしたい?」
情けなさと自己嫌悪で泣きたくなる。
「んー。仲良くしたほうがいいんじゃないかな。……でも」
「でも?」
「私はケイがいれば、それでいいかも」
私も、私を必要としてくれる赤羽がいれば、他にいらない。
嬉しくて、確かめたくて声を出す。
「私がいればいいの?」
「陸上はしたいけど、やっぱりケイと一緒に走りたいな」
「そっか。じゃあ、続ける」
安心して、本心が出てしまった。
自分でも面倒くさい奴だと思う。だけど、止められない。
「えっ、陸上部やめようとしてたの?」
「だって、赤羽はあの人たちがいれば、私がいなくても陸上を続けられるんじゃないかなって思ったから」
私は、何のために陸上部に入ったのか。
「ケイは私のために陸上をしているの?」
「うん。赤羽がいないと、こんなしんどいことしないよ」
言った瞬間、赤羽の纏う空気が変わった。
うつむいて、目を見開いて、苦しそうな顔。
「……ねえ、ケイ」
「なに?」
「私がもし、陸上をやめたら、ケイも一緒にやめて、その後も一緒にいてくれる?」
「うん、いいよ」
赤羽がいるから陸上をする。その逆も然り。
「………………ケイが悪いんだからね」
重ねていた赤羽の手が離れ、今度は私が赤羽に肩を掴まれて、固定される。
赤羽の顔が近づいてくる。
「っ」
「……」
キスをされた。すぐに唇を離して、赤羽が口を開く。
「ケイ、好き」
「うん」
キスするぐらいだからそうなんだろう。そんなことより、赤羽が急に苦しそうになった理由がおそらく私の言葉にあるのだろうと思い、何が悪かったのか必死で考える。
そして気が付いた。
「あ……『こんなしんどいこと』だ」
赤羽と目が合う。赤羽にとって陸上競技が大切というのはわかっていたはずなのに、多分かなり言い方がまずかった。
赤羽は軽くうなずく。
「私はケイも好きだし、陸上も好き」
陸上と同列かぁ。
「だから、一緒に走ってくれる?」
赤羽にとって陸上って何なんだろう。もっと赤羽のことが知りたい。
だけど拒絶されて嫌われたくないから、これ以上聞けない。
「もちろん。ごめんね赤羽、あんな言い方して」
「いいよ。私こそごめん、勝手に、その」
ファーストキスだった。嫌ではなかったけど、表情が暗いのが気に入らない。
「その……」
「もう一回!して、いいよ」
今の自分は気持ちを言葉にできない。だから、行動で伝えたい。
赤羽は驚いた顔をしたけど、緊張が取れ、次第にほぐれていく。
私は目を閉じて、少しだけ顎を上げる。
2回目は、1回目よりも長く、彼女の唇が柔らかいなと感じることができた。
―――
その日から、何度もキスをした。
空き教室、部室、寄り道した公園……
特に練習前は必ず、私を求めてくれる。
だけど、付き合うとかの言葉はなくて。
私はもっと赤羽を知って、もっと近づきたいけど、それはできない。
一度近づいた人に離れられるのは、もう絶対に嫌だから。