幕間 芽野春香の日常2
3階建ての部室棟には、4畳ほどの部屋が各階8つ合計24部屋ある。扉は横にスライドさせて開けるタイプだけど鋼鉄製で結構重い。だから最後まで閉めたつもりでも、ちょっと隙間が開いていることが時々ある。
私も1年生の時は慣れない引き戸の重さについつい油断して、気づいたら少し開いたまま着替えていたとかがよくあった。
もっとも、部室棟3階は男子は立ち入り厳禁だから問題ないと言えば問題ないけど。
練習前、タオルを持ってくるのを忘れて部室に取りに行ったら、私たちの使う部屋の扉が少しだけ開いていた。きっと小蒔ちゃんとケイちゃんだろう。1年生はホームルームが長いのか、いつも私とみやが先に来て、着替え終わるころにやっと2人が来ることが多い。
いきなり全開にしたら驚くだろうと思い、隙間から中の様子を覗いた。
「……マジか」
小蒔ちゃんがケイちゃんにキスをしていた。それも唇に。
―――
陸上部マネージャーの宮山みやこ、つまりみやとは子どもの頃からの付き合いで、何なら家も隣だから、気が付くとみやが隣にいるのが当たり前だった。
みやはかわいい。世界一かわいい。すっぽり収まる小型サイズ。サラサラの髪。とても声が高くて、まるでアニメに出てくるヒロインみたいだ。
今日も平日だけど、晩御飯を食べた後にみやの家に行って、寝るまでの短い時間でも一緒にテレビを見たりおしゃべりをする。日によっては、そのまま寝落ちして朝帰りをしてお母さんに怒られる。みやもみやのお母さんも「別にいいよ」って言ってくれてるからいいじゃんと母に言うと、頭をどつかれた。
「ねぇ、みや。チューしていい?」
もはや口癖になっているけど、いつも私がチューするのは、みやの唇じゃなくて頬っぺた。
「勝手にすれば」
みやは呆れ顔で口を曲げていた。ちゃぶ台に頬杖をついて、テレビを見ている。ベッドにもたれかっていた私は四つん這いでみやの隣へ移動する。
いつもなら、この時点でもうみやのほっぺの感触とお風呂上がりのみやの甘い香りを堪能して、顔を赤らめながら怒るみやを面白がっている頃だ。
だけど、今日の夕方のことを思い出して、視線が頬っぺたから唇に移る。
みやが「まだしないの?」と伏し目で訴えてくる。
心臓がいつもよりドキドキと脈打つ。スキンシップでやっていたことに、それ以上の意味を感じてしまう。
「やっぱいいや」
緊張と、今の関係を変えてしまうかもしれないという恐怖で引っ込んでしまった。
「先に寝るね。おやすみ」
変に疲れてしまった。
あの1年生二人のことも、私の見間違いかもしれない。
今のみやとの距離を保ちたい。みやの友達以上でいられればいい。
その先に進むのにはまだ勇気がない。
ベッドに寝転がると、大好きなみやの香りに包まれる。
心地よくて、眠気が訪れる。
みやはテレビと、部屋の電気も消してくれた。リビングにでも行くのだろうか。
ウトウトと考えていると、ほんのすぐそばに気配を感じた。
目を開くと、目の前にみやがいた。唇が当たりそうなほど近い。
「みや?」
みやの顔が近づいてくる。おでことおでこがくっつく。
「春香、緊張してるの?」
「どきっ」
キスのことを見透かされたのか、びっくりして声も出てしまった。
「やっぱりそうなんだ。県総体もうすぐだもんね」
「へ?」
「私が応援してるから、大丈夫」
近すぎてはっきり見えないけど、みやが微笑んでいることはわかった。
「~~~っ!みや、大好き」
ぎゅっとみやをの体を抱き寄せて、お互いのほっぺをすりすりとこすりつける。
ケイちゃんたちはケイちゃんたち。私たちは私たち。
他の人と比べなくたっていい。今の私はこんなにも幸せなんだから。
とりあえず陸上を頑張ってみやに褒めてもらおう。
はなせー!と言うみやの声を聞きながら、意識を手放した。
第2章完結です。
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※2020.1.24 改題しました(前:君と風になる-Make Wind With You-)