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その5


 金曜日の夜。部屋のベッドで寝転がっているとケータイの通知音が鳴った。ラインが来たようだ。

「しょうたろー」という名前を見て、一瞬誰だか分からなくなったけど、確か私と同じく春休みから見学に来ていて、その時に連絡先を交換した同じ陸上部の1年生だと思い出した。


『赤羽さん お疲れ様

明後日の日曜日、1年生の5人で集まってご飯に行きませんか。

赤羽さんの県大会への激励会をしたいんだけど……』


 1年生は5人入部した。私とケイは短距離専門で、残りの3人は男子でみんな中長距離。性別も種目も違うから、普段の練習では喋る機会がほとんどない。

 同じ部に所属しているのに普段会話することはないという絶妙な距離感の相手に、自分から声をかけるにはどれぐらいの勇気が必要だったのだろうか。それとも深く考えているのは自分だけで、「しょうたろー」からするとごく自然な生活の営みのひとつなのかもしれない。


『お疲れ様。

ほんと!?ありがとう。

よろしくね』


 我ながら淡泊な文章だと思いつつ返信する。メッセージを送った直後に、ケイの顔が浮かんだ。


『伊藤は誘ったの?』


 「ケイは」と書きそうになったけど、ちょっと恥ずかしいからやめた。

 すぐに、しょうたろーから返事が来た。


『それが、伊藤さんの連絡先が分からないから、

赤羽さんから声かけといてくれる?』


 ……ケイは1年の男子とは関わりを持ってない様子で、そのことにホッとしている自分がいた。


『了解。時間が決まったら、また連絡してね』


 返事は待たず、ケータイの画面を消してはぁと息を吐く。

 たった数回、それも同じ部の1年生同士でやり取りをしただけなのに、妙に疲れてしまった。学校のクラスのグループラインは着信をミュートにしてほとんど見ていない。毎日メッセージが来ているようだけど、ここ数日は読んでいなかった。春香さんが作ってくれた陸上部女子のライングループもあるけど、最近は落ち着いて、業務連絡ぐらいでしか使われていない。ラインを開いたのは久しぶりな気がする。 


「女子力ってやつかなあ」


 ぼそぼそと独り言をする。


「ケイに声かけなきゃ」


 再びケータイを手に取り、画面を操作する。

 「友だち」の中からケイの名前を探す。


「いきなりだと迷惑かな。でも誘わなきゃだし」


 ゴロゴロとベッドの上を往復する。中々踏ん切りがつかない。

 ケイは今何をしているだろうか。時刻は9時半。まだ寝てはいないだろう。


「ん~」


 実はまだケイに直接ラインをしたことはなかった。毎日顔を合わせるし、ケイから送られてきたこともない。


「ライン送るぐらいならいいよね」


 誰に許可を取っているのか分からないけど、とりあえず声に出して、ケイに送る言葉を考える。


『しょうたろーから明後日の日曜日にご飯に誘われた。ケイも来る?』


 送信。喉元過ぎれば何とやら、画面を消して、再びため息。

 さて返事を待つ間にテレビでも見ようかなと起き上がった瞬間、ケータイから音が鳴った。今度は電話の着信音だった。


「え?」


 画面には『伊藤惠』と書かれていた。

 着信音は鳴り続ける。突然のケイからの着信で、かなりドキッとする。

 私はさっき何て送ったっけと思い出そうとしたけど、着信音に記憶がかき消された。


「も、もしもし、ケイ?」


「しょうたろーって誰?」


「へ?」


「ご飯に誘われたって」


「あーっと」


 そういえば、しょうたろーについてケイに説明してなかった気がする。

 私でも名前を忘れかけていたぐらいだから、多分ケイはしょうたろーのことを知らない。


「同じ陸上部の……」


「彼氏いたの?」


 ケイから予想だにしていなかった質問が来る。

 なんだか声も冷たく感じる。電話越しだからだろうか。


「違うよ、同じ陸上部の1年の男子。ほら、3人入った内のひとり」


「……」


 ケイは黙って、軽く息を吸う音が聞こえた。


「……ごめん」


「ううん。ちょっとびっくりしたけど。それでさ……」


 しょうたろーから聞いたことを電話で伝える。

 ケイは「赤羽が行くなら行く」と言った。

 ケイの口から自分の名前が出て、少し嬉しい。


「オッケー、伝えとくね。それじゃ、また明日」


 連絡すべきことはしたし、もう言うことはないかなと思ったから、通話を切り上げようとした。

 するとケイは少し間を置いた後、声がした。


「赤羽って、彼氏とかいる?」


「いや?いないよ」


「そう」


「そういうケイは?」


「私も」


「……」


「おやすみ、赤羽」


 テロンと通話を切った音が聞こえた。

 高校に入ってからもうすぐ2か月。彼氏・彼女とか、もう出来上がってるんだろうなと思った。


 もし私が付き合うならどんな感じになるんだろうと想像する。

 適当な男子を思い描こうとしたけどしっくりこない。

 ケイの顔を思い浮べる。


「そう、なる、か」


 バサッと枕に顔をうずめた。

「特別に好き」という言葉には色々あるけど、まさかそっちの方の「特別」なのかと自問する。

 本当に付き合うとかなったらどうなるんだろう。


「……ケイの方が迷惑だし」


 とりあえず今日はそういうことにして、少し早めに寝ることにした。


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