その4
今日は朝から憂鬱だった。というのも席替えがあるから。
入学してから今までは名前順の席で、出席番号1番の私が教室の左上の隅っこ、出席番号2番のケイはすぐ後ろ。「赤羽」という苗字のおかげでケイと巡り会えたことに感謝もしていた。
しかし、席替えをしたとしてケイと一緒にお昼ご飯を食べるためには、縦横斜めのどれかに接するよう位置しなければならない。
「お願い……!」
少し声に出てしまうほど強く念じて、クラス委員がノートの切れ端で作った小さなクジを引いた。
―――
……私は教室左寄りの一番後ろの席、ケイは右寄りの前から2番目になった。
「はぁ」
覚悟はしていたつもりなのに、席が離れることがこんなにショックだとは思わなかった。部活では一緒にいるはずなのに、ポツンと一人取り残されたような気持ちになる。
クラスの友達付き合いは今のところほとんどない。
「赤羽さんだ、よろしくね」
隣の席になった真面目そうな男子が話しかけてくる。ケイと離れた失意の中だったので、「どうも」と一言しか返せなかった。近寄りがたい感じを出してしまったかもしれない。
その後の授業は、ずっと離れた席にいるケイを見ていた。意識してとかじゃなくて、視界の端に明るい茶髪が目に入って吸い寄せられる。ケイはだるそうに頬杖をついたり、欠伸をすることが多いけど、突っ伏して眠ることはなかった。真面目なんだと思った。
そして昼休みになる。ここまで席が離れてしまったら、一緒にお昼を食べることはできない。カバンから弁当箱を出して、ふと右斜め前を見ると、ケイはクラスメイトの女の子と何か話していた。相手の方も髪を明るく染め、ケイよりも更にギャルっぽい人だ。
「……」
胸が苦しくなる。もう、ケイは私の手が届かなくなっってしまったのだろうか。確かにケイはかわいいから女の子からもモテるのだろう。クールな感じもキュートで、垢抜けていて、それでいて……
気が付くと私は、ガタンと椅子を後ろに押しやり立ち上がっていた。弁当包みを持って、ずんずんとケイの方へ近づく。
ケイの机の前に立ち、じーっとケイだけを見る。ケイも隣で話をしていたギャルもポカンと私の方を見るのがわかる。だけど、私は何を言えばいいか整理がつかない。
「……」
「……」
ギャルが口を開いた。
「この子がケイちゃんのお友達?」
「へ?」
「ケイちゃんが~私の椅子を借りたいって言うから」
予想外の言葉と、もうケイちゃん呼びなんだというもやもやが同時に襲ってくる。
「なんでって聞いたら~」
「も、もういいよ真中さん。私から説明しとく」
ちょっと気まずそうにケイが言った。
「そう?じゃあね~」
真中さんと呼ばれた人はバイバイと軽く手を振りながら教室から出ていった。
つられて手を振っていると、ケイも手を振っていた。
「なんの話をしてたの?」
無意識に声が低くなってしまったのが自分でもわかった。
「真中さん、さっきの人なんだけど。その人が私の前の席で」
「うん」
立ったままの私は椅子に座っているケイを見下ろすような形になっている。
今自分はどんな顔をしているだろうか。
「昼休みにどこかへ行くみたいだったから、椅子を貸してくれないか頼んでたんだ」
ケイは怖がっている様子はなくて安心した。
「ほら、座りなよ赤羽。せっかく貸してもらったんだしさ」
「あ……」
今やっと気づいた。
席が離れたからって、一人でご飯を食べなくていいんだ
自分の椅子じゃなくても誰かのを借りればいいだけの話だった。
「赤羽、席替えしてからずっと私の方見てるもん」
「ごめん……」
「怒ってないよ」
クスクスとケイは笑っている。
早とちりしたうえ、ずっと目で追っていたこともバレていた。自分が情けなくてうつむいてしまう。
「お先にいただきます」
こうして、席替えをしてからもケイとお昼ご飯を食べられるようになった。
嫉妬深さと気持ちの重さに自己嫌悪しそうになったけど、まだ人付き合いの経験が少ないだけで、そのうち収まるだろう。
今は素直に、好きな人と食べるお弁当の味を噛みしめていた。