その3
私がケイのことを好きだと自覚したその日から、私の頭の中はケイのことでいっぱいで、キャパシティがなくなっていった。
―――
1日目の朝
「おはよ、赤羽」
「あ、お、おいっす」
ケイが一目映っただけで、動揺してしまった。
教室では私が前の席で、ケイは後ろの席。彼女が視界に入らない分だけ、彼女のことを考えずに済む。逆だったらきっと授業なんか上の空で、ケイの背中や後頭部ばかり見て妄想に浸っていただろう。授業には集中できる、よかったよかった。
数十分後。
……視線が熱い。
もちろん、自分で勝手に感じているだけだとわかっているのに、「今私はケイの視界の中にいるのだ」と思うだけで、背中から頭にかけて熱を帯びる。
結局授業は上の空だった。
―――
4限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
いつもなら、サッと立ち上がって、机を180度向きを変える。そしてケイと2人分の机越しで向かい合って昼食をとる。
だけど今日の私は、まず机の横に引っ下げているリュックから弁当を出して、机の上に置く。もじもじと肩を動かした後、椅子に座ったままゆっくりと振り向く。ケイと目が合う。
「きょ、今日からさ」
「どうしたの?」
ケイはいつも通りのようだ。私のように口を開くだけでエネルギーを使うなんて様子はない。
「机を動かすのが面倒だから、一緒の机で食べていい?」
理由も添えて、我ながら自然なことを言えたと思う。
実際は机のことなんか関係なくて、少しでもケイの近いところにいたいという下心しかない。
「『まだちょっと恥ずかしい』は終わったんだ?」
ケイが少しにやけ顔でからかってくる。
前に、ケイの方から同じ机で食べればいいじゃんと提案され、私は断った。
こんなことになるなら素直にそうすればよかった。
「もう5月半ばだし、時期的にもいいかなって」
距離的にも頭を撫でてもらうぐらいになったしと、心の中で呟く。
「ふーん。まぁ同じこと思ってたから、ちょうどいいや」
同じことを考えていたという言葉に反応する。本当にそうなのか、愛想で言ってくれたのか判断しかねる。本当だったらとても嬉しいなとか、違ったら違ったでケイが私の提案を受け入れてくれて嬉しいなとか思考が巡る。一しきり喜んだ後に、ケイのたった一言で舞い上がりすぎではないかと、自分で自分を咎める。
「そういえば、もうすぐ席替えするらしいね」
クールな外見に比してずいぶんと可愛らしいパステルピンクの弁当包みを開きながら、ケイが話しかける。
「そ、そうだっけ。寂しくなるね。あ、でもケイは部活でも一緒か」
ははは、と言葉では誤魔化しているが、この前のホームルームでそんなことを言っていたのを思い出し、ショックで打ちひしがれていた。
思わず、本音が口から出てしまう。
「ケイと離れるの、いやだぁ」
「うん、私も」
「えっ?」
「え?」
―――
そんな私だったけど、部活をしている間は、それなりに集中することができた。昨日頭を撫でてもらったおかげで、地区予選で残っていたモヤモヤがなくなった。むしろ、県大会でいい順位を出してケイにいいところを見せたいと思った。私には陸上ぐらいしかアピールできるところがない。
スタートラインの手前でしゃがんで、後方に設置したスタートブロックに足を置く。両隣には春香さんとケイ。みやさんが木のスターターを構え、高い声が響く。
「セット!」
体を制止させ、心も無風に。
スタートの合図で走りだすと、一気に風速が上がるのが好きだ。
頭の先からつま先まで、体の全部で風を感じる。
ぐんぐん加速し、二人を置いていく。