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その1


 ある日の放課後、前の席の赤羽あかばねさんが話しかけてきた。


「伊藤さん!その、もし!もしよかったらだけど……もし、まだ部活が決まってなかったら、その、陸上部に!……来な、い?」


 上ずった声で何度「もし」を言ったのかわからないし、最後の「い」の文字はほとんど聞こえなかった。



―――



4月下旬。

 入学式のころには、すでに満開を少し過ぎていた桜は、すっかり散り散りになって、枝から飛び立った花びらは地面にへばり付いていた。

 最初は自己紹介そこそこで終わっていた授業も本格的に始まり、同時に、授業中の眠気も増してきたこの頃。

 部活、アルバイト、習い事や、塾。皆それぞれ自分の高校生活が定まってきた頃。


 放課後になるとクラスメイトは自分の居場所へ一直線に向かっていくけど、私はまだやることもなく、一緒にいる人もいない。

 自分が集団行動に向いていないなと自覚したのは中学のときだった。高校では、気ままにそれとなく毎日を過ごしていこうと思っていた。



―――



「伊藤さん……向いてると思う!」


 どこが?と聞こうと思ったけど、赤羽さんの顔をよくよく見ると、頬が少し赤く汗ばんで、唇がぷるぷると震えていたから聞くに聞けなかった。

 そういえば、あいさつ程度はするものの、出席番号2番の私は出席番号1番の赤羽さんとはほとんど話したことがない。

 本質的に私は他人に興味がないのだろう。赤羽さんが陸上部だったことも今知った。


「見学だけなら、いいけど」


 せっかくの提案だったし、退屈な生活の何か足しにならないかと思うところもあった。ただの気まぐれだったと思う。


「え!やった…!今日は見てるだけでいいからね!」


「今日は」という言葉が気になったけど、家に帰るために背負ったリュックを、もう一度肩に力を入れて「よいしょ」としょい込んで、私は赤羽さんに連れられてグラウンドに向かった。



―――



 地方都市の県立高校のグラウンドは決して広いとは言えず、陸上部・野球部・サッカー部・ラグビー部・ソフト部がひしめき合っている。

 驚くことに、陸上部の練習場所は校舎から離れた側のグラウンドの一辺、100メートルもない直線だけだった。横並びに4人で走れるよう、縦にラインが引いてある。

 すでにジャージ姿の部員が5人ほど集まって顧問らしき先生と話し合ってきた。授業でも見たことがない先生だ。


 校舎からグラウンドの横端を伝って移動する。半分ぐらい過ぎたところで、突然隣から快活な声が響く。


「お疲れ様でーす!見学の子、連れてきました!」


 ……赤羽さん、さっきのもじもじはどうした。


 陸上部員が一斉にこちらを向き、ドキッとする。さっきの口調との豹変ぶりに驚いているうちに上級生と思われる女の人が笑顔で迎えに来た。


「赤羽さん、お疲れ様」


そして視線が私に移る。


「もしかして、見学に来てくれたの?」


「はい」


「ほんと!?ゆっくり見ていってね」


 そう言うと、ジャージ姿の上級生は部員がいる方へ戻っていった。

 正直に言うともっと歓迎されたりするのかと思っていたけど、意外とあっさり離れていった。


 2人でグラウンドの隅っこにある部室棟に向かい、3階の陸上部女子の部屋に入る。着替えるから、荷物を置いたら先にグラウンドに出ていいよと言われたけど、どこにいればいいか分からないし、知っている人も他にいなくて心細かったので中で待ってるよと答えた。


「……」

「……」


 何も話すことはなく赤羽さんの制服が擦れる音だけになる。気まずい。

 入学してから数週間経つのにまともに会話をしたのがついさっきという同級生の着替えを、すぐそばでじっと待った。

 伏し目でちらりと赤羽さんを見ると、スカートを脱いでロングスパッツを着ようとしているところだった。


「(スタイルいいなぁ)」


 引き締まった生脚を見ると、しっかり鍛えているんだなと関心した。上着で体型ははっきりわからないけど、きっと上半身もアスリートのそれなのだろう。


「お待たせ。行こっか」


 彼女の後ろに付いて部室棟の階段を下りる。授業中に見る黒髪ロングヘアの彼女の背中とは全く雰囲気が違った。服装と、運動のために後ろで一纏めにした髪型のせいだろう。堂々としていて、同じ1年生とは思えない何か緊張感が伝わる。


 練習用のレーンの中盤付近にいつも顧問の先生が使っているのか、パイプ椅子が一つ置かれていた。どうやら、この席でこれから何十分あるいは何時間かを過ごすことになるようだ。

 練習が始まる。一言二言の後、赤羽さんは見学をする私のもとから離れ、部員の輪に入っていった。



―――



数時間後


 結論から言うと私は入部することに決めた。

 体を動かしたかったし、部活動やっていると、真面目に見えるし……いや、数時間前のことがフラッシュバックする。


『それじゃ』


 練習が始まるようだ。

 離れていく赤羽さんに何か言わなきゃと思った。


『赤羽さん頑張ってね』


 彼女は振り返り、手を上げて横に振る。


『呼び捨てでいーよ!見ててね!伊藤!』


 満面の笑みと不意の呼び捨て。体の奥で凝り固まった何かが溶けて、じわっと胸から頭に上っていくのを感じた。

 赤羽さん、いや……赤羽となら、私が感じているうまく言葉にできない退屈な何かを、きっと変えられる気がした。


こんにちは、「れも」と申します。

小説を書くのは4年ぶり2回目です。

完結できるよう頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。

※2020.2.18 句読点の数を調整しました。

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