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8 回復術士エリティア・リートルタイム

「――よお、エリティア」


 兵士の治療に専念している彼女の邪魔にならないよう、俺はしゃがんでいるエリティアの背後から声を掛けた。


「その声……セラクね」


 エリティアはこちらを振り向かずに、傷付いた兵士に回復魔法をかけながら応対する。


「早かったね、もう来たの?」

「それはこっちのセリフだ」

「私は眠れなくて散歩してたから、自宅にローブを取りに帰るだけで準備完了だったの。家もこの近くだし……で、そっちは? 寝てるところを叩き起こされて走って来た感じ?」

「いや、起きてた。俺も似たようなもんだ」

「そっか。まあ、眠れないよね……」


 消え入るような語尾で、エリティアは言う。

 エリティアも当然、クレイの処刑のことは聞かされている。彼女が夜中に散歩していた理由も、大方、その件について苦悩していたためだろう。


 ……まあ、そのクレイは今、お前の後ろにいるんだけどな。

 絶対に見つかりたくないらしく、気配を悟られないように息を殺している。そんな努力(?)の甲斐あってか、まだエリティアには気づかれていないが、他の兵士たちには既にバレているようで、視線がクレイに集まっている。

 勇者とその仲間の会話を邪魔してはならない――という空気感だけで持ちこたえている状況だ。

 他人が自分の近くに来たら一度は視線を向けるのが普通だし、その人が小脇になにかを抱えていたらつい見てしまう。魔法を使うのに集中しているとはいえ、微塵もこちらを見ようとしないエリティアの方が特殊だった。


「……というか、なんでこんな危険な場所まで来たんだ、お前」

「だって、戦いが起きたら怪我人が出るでしょ?」

「なんだその理論……だとしても、もっと離れた場所にいないと危険だぞ」

「平気。私を誰だと思ってるの?」

「非戦闘員だろ」

「あはは、正解。だけどまあ、今は非常事態だしそんなこと言ってられないよ。私一人が怪我をしても、その何十倍も他の人を治せばお釣りがくるでしょ?」

「こないんじゃないか。お前、自分がいかに回復術師として優れてるか分かってないぞ。純粋に戦力の価値だけで換算するなら、そこら辺の兵士や冒険者数十人のためにエリェアが命を張るのは割に合わない」

「こら。そんなこと言わないの。生き物の命は平等なんだから」

「……はい」


 冷静に諭されてしまった。

 その心掛けは立派だが、なんて勇敢で危なっかしい奴なんだ……本物の勇者だな。


「でもさ、せめて護衛は付けるべきだと思うぞ。クターニーとカサマはどこだ? どちらか片方はここに残るべきだろうに……二人とも戦いに行ったのか?」

「ううん。二人は来てないよ」

「来てない? なんで?」

「2人とも、明日の催しの前祝いで王様や家臣たちと遅くまでお酒を飲んでたみたいで……」

「……酔ってて使い物にならない、と」

「うん。そういうこと」

「…………」


 なにしてんだあいつら……。


「だから今日は、セラクが一人で先頭に立って周りを鼓舞しなくちゃね」

「いや、王都にはあれがいるだろ。あの、ほら、なんとか騎士団ってやつ」

「ああ、六路騎士団?」

「そう、それ。」


 ――六路騎士団。

 王都駐在の兵士たちの中から選りすぐった、優秀な人材だけで結成された部隊。

 王都の保全活動はもちろんのこと、住民の痴話喧嘩の仲裁から、並大抵の冒険者では太刀打ちできない凶悪な魔物の討伐まで、幅広くこなす精鋭たちだ。

 確か、王都の黎明期、まだ危険な魔物がたくさんうろついていた王都周辺に、他の街を作る脚掛けとなる六本の道を開拓して整備したという――そんな感じの功労を讃えて名付けられた……はず。

 あまり詳しくは覚えていないけど、それくらい伝統のある組織ということは確実だ。代々受け継がれる団長の座には、人々からの人望がある者が就くことになっている。


「あの人たちが来れば皆の士気も上がるだろうし、俺が矢面に立つ必要は無い」

「うーん……来るには来るだろうけど、皆に顔の知れてるような有名人は来ないと思うよ。ていうか来れない。六路騎士団の大半の団員は今、南方で異常に繁殖してるグレシードの討伐遠征中だから」

「ああ、あのでっかい犬みたいな魔物か?」

「そう。今の時期がちょうど発情期なんだって。だから王都にはいないんだよ」

「嘘だろ……俺は人の士気を上げる振る舞いみたいなのは得意じゃないんだけど……」

「そんなの分かってるよ。でも、得意じゃなくても頑張るの。勇者なんだから」

「お前もそのパーティの一員なんだから、俺の代わりに威勢のいい演説をしてくれよ」

「しない。私も人前に立つのは苦手だし、非戦闘員は戦場に出れません」

「……都合によって使い分けるんじゃない」

「でも、私がか弱いのは事実だから」


 そう、澄ました顔で言うエリティア。

 したたかな奴だった。


 そうか、六路騎士団は来れないのか……。

 王都自慢の騎士団――か。


「……俺さ、子供の頃は六路騎士団に入りたいと思ってたんだよな」

「んー、ほんと? 六路って名前も覚えてないのに? セラク、今の団長さんの名前とか言える?」

「ああ、ラミ……いや、覚えてない」

「そういうのに疎いねぇ、セラクは。王都に住んでるなら知っておかないと。というか私たち、六路騎士団の団長さんに直接会ったことあるよ?」

「顔は流石に知ってるけど名前はな……勇者になってからは偉い人に死ぬほど会ってるから、中々覚えられない」

「ふうん。とっても綺麗な人だから、セラクは絶対に覚えてると思ってた」

「……理屈がわからないな。人を下心の化身みたいに言うな」


 いくら綺麗だろうが、あの人はな……。


「化身とまでは言わないけど、健全な男の人なら普通忘れられないよ。ラミス・ラーミックさん。六路騎士団初の女団長にして、王都イチの魔槍の使い手。男女問わず、多くの人間が憧れの対象にしているという――まさにカリスマ的存在」

「……詳しいな、エリティア」

「ファンだからね。私、握手してもらったことあるんだ。ラミスさんはセラクと同じ名字だけど、親族だったりしない?」

「残念ながら違う。単なる偶然だ」

「そっか、そりゃそうだよね。団長として部下を率いてる時の鎧姿も格好いいけど、一度、プライベートのラミスさんに会ってみたいなぁ」

「多分、幻滅すると思うぞ」

「どうして?」

「……なんとなく」


 いけない、いけない、つい口が滑った……。

 あの人に対して、こんな幻想ともいえるイメージを抱いているエリティアを、間違っても仕事中以外で会わせるわけにはいかない。

 そのためには、ラミス・ラーミックが俺の姉だということが絶対にバレてはならない。

 とはいえこれは、俺があの人に劣等感を抱いて周りに隠しているだけなので、姉さんに聞かれたら一発でバレる。

 まあ、六路騎士団の団長と個人的な会話をする機会というのは、誰であろうとそうそう訪れないので、こうして現在も知られていないわけだが。


「……エリティアが教えてくれたおかげで、六路騎士団長の名前は覚えた。これで今度会った時は気まずくならずに済む」

「うんうん。その際にはくれぐれも失礼のないようにね。……それで?」

「……それで、って?」

「今、わざわざこんな話をするってことは、なんで六路騎士団に入らなかったか聞いてほしいんでしょ?」

「いいや、秘密だ」

「……なにそれ。セラクが振った話題なんだから、教えてくれてもいいじゃん」

「ただの閑話休題のつもりだったんだよ。昔、色々とあったから言いたくない」

「もー、中途半端に聞かされたら気になるよ。あとで絶対に聞くからね。……ほら、私は大丈夫だから、いつまでもここにいないで戦いに行きなさい。それとも、私に何か言いたいことがあって来たの? だったら、私も治療で忙しいんだから早く本題に入って」


 と、唐突に冷たい態度をとるエリティア。

 拗ねられた……。


「……じゃあ話を戻す。まず、今の王都の状況を教えてくれ。散々、無駄話をしたあとで言うのもなんだけど……すまないな、治療中に声を掛けてしまって」

「――いいって。これくらいで気が散るわけないでしょ。私を誰だと思ってるの?」


 もう一度、今度はしっかり自慢げに、エリティア・リートルタイムはそう言って、片手で南門の方角を指さした。


「私も全ては把握しきれてないけど、ここに来るまでに会った魔術師の知り合いが言うには、南門は破壊されていないらしいの。それどころか、王都の壁はどこも傷ついてない――って」

「でも、ヤツらは南門の方角から進行してきていて、オークは飛行できないんだから、門が無事ならどこかしら壁が壊れているはずだ」

「うーん、そんなこと言ったって実際――へ?」


 そこで、不意にこちらを振り向いたエリティアは奇妙な声をあげた。

 原因は単純明快で、しゃがんでいるエリティアの視線はちょうど俺の腰辺り。それは、俺が腰元で抱えているクレイとぴったり同じ高さだ。

 ……つまり、二人の目が合ってしまうのは必然だった。


「…………」


 クレイとエリティアはなにも言葉を発さず――というか発せず、茫然自失といった感じで互いを見ている。

 やがて、エリティアは俺の顔を見上げ、説明を求めるような視線を向けた。


「……セ、セラク、この子って――」 

「――グハッ!」


 しかし、そんなエリティアの言葉をかき消すような声と共に、戦場の方から吹き飛ばされてきた兵士と冒険者が数名、大通りをゴロゴロと転がる。

 兵士たちが飛んできた方向に目を向けてみると、そこには、ただでさえ身体の大きいオーク系の魔物の中でも、一際巨大な肉体を持った魔物がいた。

 全身が灰色の毛で覆われており、ギラギラした獰猛な目をしきりに動かし、辺りの人間を見定めるように見回す。

 そして、退屈そうにあくびをしながら、誰に言うわけでもなく、独り言のように喚いた。


「あーあ……人間の親玉がいる場所っていうから期待してきたってのに、この程度のヤツらしかいねぇとはなぁ!」

「…………」


 他のオークとは明らかに体格や顔つきが違う。純血種――あるいは、ほとんど他の種の血が混じっていない、準純血種だろう。

 ……なんにせよ、軽く数人の人間を吹き飛ばすほどの力を持っているとなると、俺がこの場で相手するしかない。


「――エリティア。怪我人を連れて少しでも遠くに下がってろ」

「う、うん。分かった……気を付けてよ、セラク」

「ああ、もちろん」


 エリティアは負傷者たちに後退するように促し、より重傷な者に肩を貸しながら、戦場から距離を取った。


 さて、どこから王都に入って来たのかは――あいつに聞くとしよう。

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