7 戦闘――オークの群れ
戦闘が行われている大通りから逃げる市民を掻き分け、慌ただしく城へ伝令に向かう兵士たちとすれ違いつつ、俺とクレイは、混戦状態の最前線へと到着した。
オークたちは武器を所持していないが、あの大きな腕で殴られてはひとたまりもないだろう。武器を持っていないというより、持つ必要がないと言った方が正しいか。
よし、とにかく片っ端から無力化していこう。
辺りにはたくさんのオークがいるのでこちらから仕掛ける必要はなく、ただ立っているだけで、俺を視界に捉えたオークが勢いよく襲い掛かってきた。
「――とうっ!」
軽く力を込めた左手で繰り出した水平チョップは、大きく腕を振りかぶっていたオークの腹部に直撃した。鈍い唸り声をあげ、オークはそのまま地面に倒れ込む。
「攻撃の隙がデカすぎる。もっとコンパクトに予備動作を抑えて、最大限の威力で攻撃をするべきだ――おっと」
アドバイスの途中で背後から殴りかかってきた別のオークの攻撃を躱し、同じように鳩尾へ打撃を加える。
「相手の後ろを取った時は、殺気を抑えて気づかれないようにしないと駄目だぞ。それから――」
「ちょっとセラク! まさか一匹一匹にダメ出ししながら行くつもり!?」
「……まだ喋ってたのに」
またしてもアドバイスの途中で、今度はクレイに遮られた。
「まあいいや。分かった、じゃあやめる」
俺は前方から突進して来たオークを蹴りつけ、さらにその後ろから続いていた別のオークへとぶつける。
数は多いが――逆に言えばそれだけだ。一体ずつ確実に処理していけば問題ない。
パンチを繰り出して一匹。回し蹴りでもう一匹。アッパーとフックでさらに二匹。このまま一気に――
「なんか、黙々と倒し続けるのも、それはそれで怖いわね……」
と、クレイは若干引いたような口調で言った。
「……どうすりゃいいんだよ」
「喋りすぎはともかく、無言というのも怖いわ。技名を言うくらいがちょうどいいんじゃないかしら」
技名ねぇ。確かに子供の頃は憧れていたが……。
「魔術師なら魔法の名前を叫んだりできるけど――よっと。俺は魔術の心得はないからな。そう――あぶなっ。……そういう名前の付いた技とかは持ってないんだよ。まあ、俺も男だし、当然欲しくはあるんだけど――っと」
会話の最中に割り込んでくるオークを次々といなしつつ、クレイとの会話をこなしていく。
「……器用なことするわね、セラク」
「相手が相手だ。これくらい誰でもできる。このオークたち、個々の動きがバラバラで統率が取れていない。これじゃ王都どころか近郊の街も落とせないはずなのに……どうやってここまで来たんだ?」
「それは多分……いえ、やっぱりいいわ」
「なんだよ、途中で引っ込められると気になるだろ」
「気にしないでちょうだい」
「気になるんだよ」
「いいから忘れて。ただの的外れな予想だから――それより、あれを見て」
クレイはそう言って、俺が走ってきた大通りの後方、その道の端に固まって座り込んでいる十数人の兵士や冒険者たちと、白いローブを身に着けている1名の魔術師を指さした。
魔術師は役割によって着るローブの色が二色に分けられる。攻撃魔法を主にする者は赤。味方のサポートをする魔法を使う者は白。これにより、魔術師の仲間を募る際の目印代わりになったり、今回のような突発的な戦闘において、面識のない魔術師が扱う魔法の系統を把握できる。
「……ああ、あれは負傷者だな。魔術師の方は、怪我人を治療しにきた回復術師だ。状況が状況だから、やむを得ずこんな近場まで来ているんだろう」
「そんなこと分かってるわ。そうじゃなくて、ほら、あの人」
と、クレイはさらに目標を絞って指をさす。その先にいるのは、純白のローブを羽織った黒髪の魔術師――エリティアだった。
「……お前、よく気づいたな」
「やっぱりそうでしょ? 似てると思ったのよ」
「あいつ、どうしてこんな所まで……」
エリティアは本来、敵の目が触れるような場所に居ていいタイプの魔術師ではない。彼女は魔術協会から白いローブを与えられた、れっきとしたサポート型の魔術師ではあるが、その実、彼女が使うことの出来る魔法は回復魔法だけなのだ。
敵を妨害したり、仲間の身体能力を向上させる魔法を、彼女は扱えない。しかし、その圧倒的な回復魔法の才能を認められ、彼女は王都が選抜した勇者のパーティの一員になった。戦いには参加できないが、彼女は行く先々で怪我や病気に苦しんでいる人々を治療している。
戦闘に向いていない温厚で平和的な魔術師――エリティア・リートルタイム。
彼女の周りにいるのは負傷者ばかりで、どうやら護衛は一人も付けていないようだった。
おそらく、爆発音を聞きつけて一人で勝手に飛び出してきたのだろう。本当に危なっかしい……。
「……まあ、ある意味ちょうどよかった。一旦エリティアと合流して状況を把握しよう。無闇に戦い続けるのは消耗するだけだから、敵がどこから入ってきているのか突き止めて、そこを封鎖するのが得策だ。まあ、おそらく南門だろうけどな」
「え、私がいるのに行く気なの?」
「エリティアはわざわざ地下牢まで謝りに来てたんだろ? だから大丈夫だ」
「まあ、百歩譲ってあの魔術師はいいとしても、周りのヤツらはどうするのよ」
「……とにかく行くぞ」
よさげな提案が思いつかなかったので、俺は問答無用で走って戦線を離脱した。
クレイが何か言いながらバタバタと暴れているが――気にしないでおこう。