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6 強襲される王都

「……で、どうするのセラク? あなたは勇者なんだから、魔族を逃がすよりもこの街を守る方を優先するのが当たり前よね?」

「まだ魔族の襲撃と決まったわけじゃない。王都に魔物が侵入するなんてことはあり得ないはずだ。それに、今日を逃せばお前を開放する機会はもうない。できればこのまま脱出したいんだが……」

「だけどあの煙、結構な数の建物が燃えているんじゃないの? ただの火事や事故のようには見えないわよ、勇者様?」

「……分かったよ。一旦、様子を見に行く。お前を逃がすのはそのあとになるぞ。いいんだな?」

「ええ、いいわ」


 ……なんだか、立場が逆な気がする。どうしてクレイがそこまで王都を気遣う必要があるんだろうか。良いヤツ過ぎるぞ。


「それじゃあ、私をどこかその辺の建物の陰にでも隠して、早く様子を見てきなさいよ」

「何言ってるんだ。俺がいない間に深夜徘徊してる悪い奴に誘拐されたり、偶然通りかかった兵士に見つかったらどうする。お前を置いていけるわけないだろ」

「連れていけるわけもないでしょ。あれだけ大事(おおごと)になってるんだから、あの辺りには兵士や住民がたくさんいるわよ。絶対に見られるわ」

「見つかってもいい。今は緊急事態だからな。誰かに会っても、あそこで起きている騒動以外の話題について話す余裕はないし、ちゃんと言い訳も考えてる。なんとかなるだろ。さあ行くか。走っていくからな、揺れるぞ」


 そう言って、俺はクレイを抱えたまま南門へ向けて走り出した。

 クレイの言う通り、事故による火事じゃなさそうだ。だとしたら魔術か、もしくは――


「ちょっと! ねえ! セラク!」


 ……いや、そもそも、この王都が建設されてから百数十年の間、ここに魔物が辿り着いたという記録はない。それほど凶悪な魔族が今まで息を潜めていたとは考えにくいし、近郊の街が魔物に襲われて突破された場合、王都に連絡が入るはずだ。そういう――


「ねえ聞いてる!? セラクってば!」


 ……えーと、何を考えてたっけ……ああ、そうだ。

 王都にそういう連絡がきていないとなると、他の街は無事なのだろうか? しかし、王都には上空や地中からの接近も許さない魔力障壁が張ってある。もし魔族の襲撃だった場合、一体どうやって侵入して来たん――


「もしかして走ってる間は何も聞こえてないの!? どんな身体構造してんのよ!」

「……いや、聞こえてるよ! ちょっと考え事をしてただけだ!」


 どうせ連れていかれることに対しての文句だろうと無視を決め込んでいたが、いい加減うるさくなってきたので仕方なくクレイの相手をすることにした。


「何度も呼びかけずにさっさと用件を言え、用件を!」

「用件を聞きたいならまず返事をしなさいよ!」

「はいはい! もう分かったから!」

「ハイは一回!」

「お前……もしかしてラミス姉さんじゃないか?」

「……え? 誰なの? それ」


 聞き覚えのない名前に対し、きょとんとした顔で聞き返してくるクレイ。


「ラミスは俺の姉だ。今のクレイのセリフ、姉さんの口癖なんだよ」

「それはセラクが生返事をするからでしょ。偶然でもなんでもないわよ。むしろ必然よ。お姉さまの口癖になってしまうほど注意されているのに治らないの?」

「……治します」


 旗色が悪いな。

 例によって話を戻した方がよさそうだ。


「――で、どうしたんだ? 先に言っておくけど、どれだけゴネても連れていくからな。それが一番安全なんだ」

「分かってるわよ。それに関してはもういいわ。ただ、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」


 と、クレイはモゴモゴと口篭(くちごも)る。


「その……走っている際の強い揺れで私が酔わないように、しっかり腕で固定してくれているのはありがたいんだけど……」

「けど?」

「なによ、察しが悪いわね。まあ……故意じゃないなら許してあげるけど……」

「……けど?」


 二回目の「けど」だった。まあ、意味合いは違うが。


「結局、何が言いたいんだ?」

「だから、その……セラクの腕が……」

「腕が?」

「……胸に当たってるのよ」

「……?」


 クレイにそう言われて、視線を進行方向から自分の手元に向けてみると、確かに、俺の右手はクレイの上半身に回されていた。

 歩いている時は腹部を抱えていればよかったが、全力ダッシュとなるとそうもいかないので、走り出す時、咄嗟に手を回していたらしい。

 ……そりゃ言い出しにくいよな。これは全面的に俺が悪い。



「すまない、悪かった。わざとじゃないんだ。そういう感触がなかったから気付かなかっただけで――」


 ガンッ!


「ぐあっ!」

 

 いきなり膝下を襲った激痛でよろめいたが、俺はなんとか体勢を立て直した。


「いってぇ! 手の鎖でスネを叩くな!」

「文句を言うよりむしろ、失礼の臨界点を悠々と超えておきながらこの程度で済んだことを感謝するべきじゃないかしら!?」

「それでも金属で膝を殴るのは駄目だろ! やっていい事と悪い事があるぞ!」

「言っていい事と悪い事もあるのよ!」

「ぐっ……気に障ったなら謝るが、別に悪気があって言ったわけじゃない! 小さくたって――」

「小さくたって……なに?」


 もう一度、鎖で縛られた両手を振りかぶるクレイ。

 目標はまたしても膝下――スネの辺りだろう。

 魔族の寿命は人間よりも長く、成長の進捗も人間とは異なる。魔族は年齢が見た目とはかけ離れているというケースも多々あるので、クレイがいくつなのかは分からないが、単純に身長や体型だけで推し量った場合、人間でいう十代後半くらいだと推測できる。

 ……そういう語句は禁句ってわけか。


「待て。俺が悪かった。もう一撃喰らったら走れなくなるから勘弁してくれ」

「……フン」


 謝罪はなんとか受け入れられたらしく、クレイは振り上げていた手を降ろしてくれた。

 ……口は災いの元だな。


「ま、いずれはそんなふざけたことも言えなくなるわ。今に見てなさいよ。私の肉体はこれから挽回するんだから」

「挽回って……一体何に対して巻き返しを図ってんだよ」

「姉とか、あと……妹とかよ」

「……ああ、そうなんだ。姉妹なんだな、お前」


 それだけでもう察した。

 察してしまった。

 姉はすんなりと言ったのに、妹の方を一瞬躊躇するあたり、自分より年下に負けるのはやはり業腹(ごうはら)らしい。

 俺には出来のいいイケメンの兄や弟がいないから分からないが、そういう、全てにおいて自分より格上の人間が身近にいると大変そうだ。

 ……まあ、残念ながら俺にも、全てにおいて自分より格上の姉がいるんだけど。

 とはいえ、あの人は同性ではないので当然競う部分は違ってくる。そのため幸いにもあまり劣等感を抱くことはなかった。……が、ほんの少しだろうと、勇者に劣等感を抱かせるというのは相当だと思う。

 

 冒険者の頂点である勇者に上り詰めた今でさえ、俺は姉さんに――


「これは……」

 

 思わず思考を中断して――足を止める。

 というより、目的地である南門から、一本の線を通したようにまっすぐな造りになっている大通りに出て、そこに広がっている光景を目にした瞬間、無意識に止まった。

 

 なにかしらの強い衝撃を受け、崩れかけている建物。

 逃げ惑う人々の叫び声。

 雄叫びをあげる――獣のような二足歩行の生物群。

 それらと戦闘中の兵士や冒険者たち。

 南門の大通りは紛れもなく――戦場と化していた。


 大きな体躯に独特な形をしている鼻。種族の判別は難しくない。オーク型の魔物だ。しかし、鼻の形がかなり(いびつ)なところを見るに、純血種ではないらしい。

 多くの種の血が混じった魔物は、血と同様に魔力も混じり合い、その純度は著しく落ちる。結果として、混血種の魔物は純血種ほどの戦闘能力を持ち合わせていない。


 ……だというのに、どうして王都に侵入できている?


「……セラク?」


 魔物の襲撃にショックを受け茫然としていると思ったのか、立ち止まっている俺に心配そうに声を掛けてくるクレイ。


「大丈夫だ。状況を把握していただけだから」

「……そう。それならいいけど。襲われていたわね……やっぱり」

「そうだな。クレイの意見が正しかった。……だけどおかしい、ここは王都だ。人の営みの中心地で、言ってしまえば人間の本拠地なわけだ。混血のオークの群れに突破されるような街だったらとっくの昔に滅びてる」


 しかし、考えていても答えは出ない。


「とにかく戦場に向かう。今は夜中だから援軍の到着も遅れるだろうし、冒険者の集まりも悪い。突然の襲撃で混乱も生じている。ただ、それでも王都の精鋭たちがここまで押されているとなると、敵には余程優秀な指揮官がいるのかもしれないな。もしいたとしたら王都は陥落するだろうし、そうなったらクレイは助かるぞ」

「……さあ、どうかしらね。分からないわよ」


 と、クレイは意味深に首を(かし)げた。

 俺がそれに言及する前に、クレイは話を続ける。


「さあセラク。流石に戦うとなると、私を抱えたままではいられないわよね? ここに降ろしてくれていいわ。道の端っこで小さく丸まって隠れているから」

「…………」


 ……それもある意味見てみたくはあるけど。


「断る。ここに置いて行くと誰かに見つかった時に「戦闘の混乱に乗じて逃走しようとした」と思われるだろうからな」

「それはどこにいても一緒だと思うわよ? この街にいる以上、私の心が休まる場所はないわ」

「そうだな。そうかもしれない。でも、だったらなおさら俺の傍にいるのが一番安全だ。俺がクレイを連れ出したんだから、絶対に危険な目には遭わせない。それだけは保証する。ありきたりな言葉になってしまうけど――お前は俺が守る」

「…………ッ!」


 クレイは目を見開いて赤面し――俯いて顔を背けた。


「……照れるなよ。言ったこっちまで恥ずかしくなるだろ」

「べ、別に照れてないわ。ただ、そんなことを言われたのは初めてだから……」

「そりゃあ、普通に生きてれば敵対勢力の捕虜になったりはしないからな。このセリフって本来なら、一緒に冒険してる仲間にたいして使う決めゼリフだぞ。俺の使いどころもおかしいけど、お前が照れるのもおかしいと思う」

「だから……照れてないってば」

「じゃあ顔を上げてみろ」

「……いいから早く走りなさいよ。さっさと助けに行かないと、人間滅んじゃうわよ」

「話を逸らしたな。認めたのと同義だぞ、それは」

「……うるさい。そもそもこっちが本題でしょうが。ほら、足を動かしなさいよ」

「はいは……いや、分かったよ。じゃあ行くぞ」

「まったく、どこの世界に無防備な美少女を抱えたまま、戦場のど真ん中に突っ込んでいく奴がいるのよ……」


 クレイが小声で呟く文句を聞き流しながら、俺は大通りを駆け抜けていく。


 無防備な美少女を抱えたまま――戦場のど真ん中に突っ込んでいく奴。


 少なくとも、ここに一名いた。

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