42 決戦! クレイ・ニアヴェルディー3
「さあ――いくわよ」
ゴルビーを巻き込んでしまわない位置まで前進したことを確認すると、クレイは立ち止まって手を構えた。
――クターニーと接近戦を行うのはこちらが不利。それは明白。一定の距離を保って迎撃するのが、最も勝算のある戦略だ。
「インフェルノ!」
クレイは両手の間に生成した炎を前方へと放った。しかし、クターニーはそれを軽々と回避し更に距離を詰める。
「……そりゃ当たらないわよね」
彼女は動じることなく手中に次の火を灯し、今度は拡散させて飛ばした。
これなら多少は当たるだろう、そんなクレイの思惑は当たることなく、クターニーは顔色一つ変えず炎の散弾を躱した。
……次も避けられると流石にまずい。
「――だったらこれで!」
しゃがみこみ地面に手をつけるクレイ。インフェルノを地面全体に、波のようにしてクターニーへ向かわせる。その炎の波が直撃する寸前で、クターニーは地面を踏み切り跳躍した。回避行動と接近を両立した動き……だが。
――よし、飛んだ。
「空中なら身動きは取れないでしょ! これで終わ――」
「どうだかな!」
「きゃっ!?」
インフェルノを放とうとしていたクレイの手元へ、クターニーは所持している長刀とは別の、腰に差していた短剣を投げつけた。投擲物を避けるために身体を動かしたせいでインフェルの照準は大幅にずれ、クターニーを捉えることはなかった。
地面に着地したクターニーは、クレイに距離を取る隙を与えずに切りかかる。
「……ッ!」
ヒュン、ヒュン、と風を切りながら襲い掛かってくる切っ先を、クレイはなんとか躱していく。
「あの時よりは格段にマシな動きになってるじゃねぇか!」
「褒めてくれてありがとう! だけど今集中してるから話しかけないで!」
クターニーの太刀筋を見切るので精一杯なので彼と話している余裕はない。それに、いつまでもこの剣を避けられるわけでもない。反撃しなくては……。
「このっ!」
クレイは素早くバックステップを踏み、クターニーとの間にインフェルノによる壁を隔てた。そして飛ぶ。視界を遮った状態で、死角である高所から打撃をいれる算段だ。
空中に舞い上がったクレイは、クターニーが立っているであろう位置へ急降下しながらキックを――
「――甘ぇよ」
クターニーの横一閃により、バシュッ――という聞き慣れない音を立てて、クレイとクターニーの間にあった大きな炎の壁は――真っ二つに裂けた。
「嘘でしょ!?」
炎を切れるなんて聞いてない……!
「視界を断ってからの強襲。それ自体は悪くないが、蹴りを選んだのはバカだな!」
そう言って、クターニーは悠然と刀を構える。
くっ……このまま突っ込んだら私も真っ二つ切られる。だけどもう止まれない。なんとかしないと――
クレイは勢いのついた身体を思いっきり捻り、クターニの長刀による迎撃をどうにか回避した。そして、その勢いのまま地表に激突する。ゴロゴロと地面を転がり、七回転半したところでようやく止まった。
「いったぁ……!」
そこに間髪入れずクターニーが詰め寄る。
クレイは、猛然と向かってくるクターニーを直前まで引き付けた。インフェルノの火力は全開。だが牽制には使わない。
次の攻防で決着を着ける。
チャンスは一度――一回きりだ!
「――インフェルノ・ルミナリエ!」
凄まじい熱気と共に、一度目とは比べものにならない灼熱の隔壁が――二人の間に展開された。
空まで届くような高さの火柱が、泰然と王都にそびえる。
「ハッ! また飛ぶ気か! いくら機動力が増したとはいえ無駄だ! どれだけ高い壁で視界を塞ごうと、俺にとって上空は死角じゃねぇんだよ!」
そう言って、クターニーはインフェルノの壁を一刀両断。そして上を見上げる。しかしどこにもクレイの姿はなかった。彼女は飛ばずにその場にしゃがみこんでいたからだ。
「……ッ!」
少女の思いがけない行動に、クターニーは一瞬だけ動揺した。彼女にとってはその一瞬だけで十分だった。
クレイ・ニアヴェルディは足に魔力を込め、ありったけの力で地面を蹴りつける。
「これが――魔族の跳び膝蹴りよ!」
切断された炎の壁の隙間から飛び出したクレイ。その膝は――クターニーの上半身を芯で捉えた。
「ぐふっ……!」
握っていた長刀を落とし、クターニーは地面に片膝をつく。
「ふぅ……これでもう戦えないでしょ? しばらくは息をするだけで精一杯じゃないかしら」
「……まだだ。カサマ……」
「無茶だな。前衛のお前がやられたんじゃ俺一人じゃどうしようもない」
カサマは矢を弓から離し、クターニーに歩み寄る。
「……てめぇの勝ちだ、さっさと殺せよ」
「しないわよ。そんな物騒なこと。私たちを見逃してくれればそれでいいわ」
たったそれだけ。
それ以外にはなにも、クレイ・ニアヴェルディは望まなかった。
驚いている二人を尻目に、クレイはゴルビーの元へと向かう。
灰色のオークは、自らが受けた傷もなんのそのといった様子で、それよりも別の要因に衝撃を受け、目が限界ギリギリまで開いていた。
「ゴルビー、どうしたの?」
「……どうしたのじゃねぇよ。てめぇがそれなりに戦えるようになってるのにたまげてんだよ」
「その話は面倒だからあとで。さ、お姉ちゃんのところに行くわよ。この距離ならすぐ近くに出られるでしょ? 早く魔力渦を出して」
「行くたって……アルジーラは捕まってんだろ? どうすんだ?」
「言って状況を見てから考えましょう。良い予感もするし悪い予感もするわ」
「……なんだそりゃ」
ゴルビーは首を傾げ、当惑しながら魔力渦を生成していく。
「――ああ、そういえばゴルビー、あなた私の時はここへ来るのに五日もかかったくせに、お姉ちゃんの時は即日助けに来るのね」
「てめぇの時は配下を集めるのに時間が要ったんだ」
「今日は連れてきてないようだけど、そんなに早くお姉ちゃんを助けたかったの?」
「うるせぇ。勝手に配下を連れ回したんで一族から勘当されたんだよ。てめぇら姉妹に肩入れしたせいで帰る場所がねぇ。だから捨て身で即日来た。それだけだ」
「……そう。それは悪いことをしたわね」
「いいんだよ。俺が自分の意思でやったことだ」
「それ、お姉ちゃんに言ったら感激するわよ。きっと」
「どうだかな。『私の妹のために行動したゴルビーを追放するなんて、そんな種族は私が燃やしてあげましょうか?』とかいうんじゃねぇか」
「……ああ、言いそうね」
「だろ。……よし、行くぞ」
ゴルビーも通れるほどの大きさになった魔力渦に、クレイたちは足を踏み入れる。
やがて全身が渦の中に消えると、魔力渦は音も無く消滅した。




