40 決戦! クレイ・ニアヴェルディー1
王城から東方向にある大通りの広場。
本来、この時間は閑静なはずのこの場所に――魔族の怒号が飛んだ。
「――クソッ!」
大柄なオークは、自らの巨大な腕を思いっきり振り回した。しかし、それはオークが狙った標的を捉える事はなく空を切る。
「稚拙な攻撃だな! どうしようもないほどに!」
直撃すれば重傷は避けられない一撃。それを長髪の剣士は難なく回避した。そして、長い刀身の刀を構え、振り抜く。
「ぐあっ!」
オークの灰色の体毛が宙を舞い、その刀身には赤い液体が付着した。
「野郎!」
自らの目前に魔力渦を出現させるオーク。出口は長髪の剣士の真上。オークは拳を振りかぶり、魔力渦へ叩き付け――
「――させねぇよ」
「ガッ……!」
ドスッ――と。
長髪の剣士を狙っていたオークの手に一本の矢が突き刺さる。射ったのは、二人から少し離れた場所にいる長身の男だった。的確な射撃でオークの攻撃を阻止し、その体格に見劣りしない大弓に次の矢を掛ける。
「チッ、やっぱりてめぇからどうにかしねぇとな……」
「いやいや、俺の方を見てる場合じゃないぜ?」
ほんの一瞬オークの気が逸れたのを見逃さず、長髪の剣士は連続で斬撃を浴びせる。
オークは腕を交差してそれを防ぐが、衝撃を吸収する光沢のあるグレーの毛を持ってしても、鋭利な刃物によるダメージは軽減できなかった。
「……厳しいな」
交戦している人間には聞こえないような小声で、ゴルビーは呟いた。
今回は部下のオークたちを連れてきていないというのに、どうしてこうも早く発見されてしまったのだろうか。
魔力渦から出て、アルジーラがいる場所の見当を付けようとしていたらこの二人が現れた。時間だって、多くの人間が活動していない夜中だというのに……。
待たれていた……のだろうか。いや、考えても仕方がない。今はこの場を切り抜けるのが最優先だ。
……が、なにぶん旗色が悪い。刀と矢は自分の毛では威力を受け流せない。一人づつ相手にするのなら、矢は魔力渦で敵に返せばいいし、剣士とは距離を保って戦い近くに寄らせなければいい。しかし今はその二人に連携を取られている。接近してくる剣士を牽制しようとすると矢が飛んできて、それに対処しようとすると今度は剣士の相手が疎かになる。
一度撤退しようにも、自分の身体が全て入る大きな魔力渦を作るには最速でも五秒かかり、その間は無防備な姿を晒してしまう。
……仕方ない。一か八かだが――!
「オラァ!」
ゴルビーは交差していた腕を力強く振り払い、その右手で刀を受け止めた。鋭い痛みが走り、そこから滴った血が地面を濡らす。しかし、ゴルビーはそれに構わず左手で魔力渦の生成を始めた。
「フン! 逃げる気か!」
刀を掴まれ攻撃の手を止められた剣士は、至って冷静に言った。
「カサマ。手を狙え!」
「あいよ、了解だ」
長身の弓士は飄々とした返事をして、大仰な弓を目一杯の力で引く。目標は身動きを取っていない。たとえ手先という小さな部位でも、男が射撃を外すはずはなかった。
「指先っていうのは神経が集中しているからなぁ――痛いぜ」
放たれた弓は「ヒュン」と、か細い音を立て飛翔する。そして、目にも留まらぬ速さでゴルビーの手に突き刺さり――貫いた。
「……ぐぅ!」
肉体はゴルビー当人の意思を汲まず、反射的に右手を開いてしまった。
「よくやったカサマ!」
男は自由が利くようになった長刀を深く振りかぶり――怯んでいるオークに向かって解き放った。
一度目よりも更に深く、剣士の手には獲物を切った感触が伝わる。
「ぐふっ……あぁ……!」
魔力渦の生成は途切れ、ゴルビーは地面に膝をつく。
……久しぶりにここまでの痛みを感じた。傷は深い。だが致命傷ではない。身体の大きさが幸いした。死にはしない。
まだだ。まだ立て直せる。
さあ立て。立って髪の長い剣士をぶん殴れ。その次に弓を射ってくるあいつを殴ろう。それからアルジーラを捜しに行って……ああそうだ、クレイの奴も見つけて連れて帰らなきゃいけないんだった。
まったく、やることが多すぎるな。あの姉妹に関わるとロクなことがない。反魔王派として非情に徹していれば、身体を切られることも、鼻を蹴られることもなかったというのに。
……まあ、アルジーラたちを見捨てるくらいなら、鼻を蹴られたり、身体を切られる方が幾分マシか。
少なくとも、悔いは残らないのだから。
「はぁ……はぁ……」
「決着はついたな。転移魔法持ちのハッドグレーオーク」
なんとか立ち上がろうとするゴルビーへ、男は長刀を構えながら歩み寄る。
「魔族の元に一瞬で移動できる手段があると人間は大いに助かる。だから殺しはしない。拘束をするために瀕死にはなってもらうがな」
そう言って、剣士は最後の一振りを――
「――インフェルノ・ルミナリエ!」
突如、真っ暗な夜空から降り注いだ火が――辺りを明るく染め上げた。
広場全体の地面へまばらに燃え広がる炎。
それは長髪の剣士の足元へも及んだ。男は刀を振る動作を中断し、仲間の弓士の元まで引き下がる。
「…………」
ゴルビーは目を見開き、ただただ辺りの炎を見つめる。
それは見覚えのある火だった。
これまでに何度も見たことがある火。
彼女を怒らせてしまい、これに燃やされそうになったことも数回ある。
間違いない――アルジーラの火だ。
だが、どうして彼女がここに――
「ちょっと、えらく傷だらけじゃないの……大丈夫?」
「……あぁ?」
自分の傍に、スタッ――と空から降り立った少女を見て、ゴルビーは自分でもどこから出たのか分からないような声を出した。
白いノースリーブのブラウスに黒いミニスカート。銀髪のツインテール。
それは、インフェルノを全く扱えず、優雅な着地なんてもっての他。まともに飛行もできなかったはずの――
「ク、クレイ……!?」




