4 地下牢にて
地下牢の入り口には当然見張りがいたが、「明日は魔族の処刑の日だ。今夜は俺が責任を持って番をしよう」と申し出ると、見張りの兵士は簡単に持ち場を預けてくれた。
こういうところはやはり勇者の特権だ。
俺は見張りのいなくなった地下牢に入り、囚われていた少女の鎖に手を掛けた。
そして――
「セラク? あなたは自分で私をここに連れてきておきながら、その私を逃がすと言っているのよ?」
「ああ、そうだな」
「自分で言っていておかしいとは思わない?」
「…………」
――現在、俺はこうして、クレイに痛いところを突かれている。
「……俺だって好きでお前を捕まえたわけじゃない」
「逃がすつもりでいたのなら、最初から捕まえなければよかったんじゃないの?」
「こっちにも色々と事情があったんだよ。……というかそもそも、お前が何度も食い下がってくるから捕まえざるを得なくなったんだぞ!」
「だって父親の仇だもの! 何度だって立ち向かうのが当たり前でしょ!」
「気持ちは分かるが短絡的すぎる! 俺たちが王都に帰り着くまで、お前以外の魔王の子供は襲って来なかったぞ!」
「薄情なのよ、アイツら」
「薄情かどうかは分からないだろ。戦う理由がどれだけ急ぎのものだろうと、普通はしっかり準備を整えてから向かうもので、無鉄砲に飛び出すのは自殺行為だと――」
「ハイハイ。私が悪かったわよ。ねえ、逃がしてくれるんだったら喋ってないで早くしてくれない?」
と、クレイは強引に会話を終わらせた。
そのやり口はともかく、もっともな言い分ではあったので、俺は再び鎖を取り外そうと試みる。
……が。
「…………」
「セラク、まだ?」
「……冷静に考えてみるとさ、魔族を捕まえておけるような鎖を、人間が素手で外せる訳ないよな」
「え、外せないの?」
「物理的な頑丈さだけじゃなく、魔術の面においても相当堅固な術式が施してある。流石王都の牢だな。罪人を捕まえておく道具まで一級品だ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! その腰に指してる剣で鎖を断ち切りなさいよ!」
そう言ってクレイは、目線で俺の腰元を示す。
「ああ、これか? これは俺が先代の勇者から受け継いだ、一振りで海や大地を裂く聖剣だ。ここで抜けば鎖どころか城が真っ二つになる」
「なんて物を携帯してんのよ! 役に立ちすぎて立たないわね!」
「本当だよな。俺が勇者になってもう3年は経つけど、一回も振ったことないぞ。いつ使うんだよこれ」
「……知らないわよ。あなた、普段はどうやって戦ってたの?」
「いつも戦闘に使ってたのは、その辺の店で適当に買った剣だ」
「へえ、意外。勇者感ゼロね。セラクは服装も普通だし、一般人と見分けがつかな……あ、鎧は? 豪華な装飾の鎧とかは持ってないの?」
「先代まではあったけどな。その先代が魔族の潜んでいる廃城へ赴いた際、魔王の幹部が放った業火の魔法を受けて焼失した。で、なんとか回収できた剣だけを俺が継承した」
「そう……なの……」
複雑な表情をして、顔を背けるクレイ。
「その……なんか……悪かったわね」
「お互いさまだ。気にするな。先代の勇者だって魔族を討伐しに廃城へ向かったわけだし、そこで豪華な鎧が業火で焼けただけだ」
「……魔族の私が言うのもなんだけど、あなた、先人に対するリスペクトが足りないわよ。しおらしく謝った私がバカみたいじゃない」
みたいというか……いや、いいや。
「さて、いい加減ここを出るぞ」
いつまでもここにいるわけにはいかないので、俺はそう仕切り直す。
「出るって……この鎖はどうするの?」
「それは後で考えよう」
「……? 私は鎖を解かないとここを離れられないんだけど……?」
「分かってる。その鎖を外せはしないが、破壊はできる」
「なによ、その不穏な言い方……」
鎖はクレイの両手を手錠のように縛っており、その根元は彼女の頭上に固定されている。
両足も同様に一纏めで拘束されているが、問題ない。
つまり、鎖の根元から破壊してしまえば、両手両足の自由は効かないが、ひとまず身体の自由は効くようになるということだ。
「危ないから動くなよ」
一度深呼吸をして、俺は右手を高く振り上げる。
狙いは、鎖が固定されている壁との境目。
「待って、なにをするつもりなの!? ちゃんと説明をして――」
「ただの徒手空拳だよ。もっと簡潔にいえばチョップだ――ただし現役勇者のな!」
――ドゴッ!
振り下ろした手刀は鈍い音を立てて、壁から鎖を削ぎ落した。
「…………」
驚愕のあまり、目を丸くしているクレイ。
「……素直に驚いているわ。魔術も武器も使わずにこんなことができるなんて……これって勇者の特別なスキル?」
「いや、魔力を手に集中させて破壊力を底上げしてるだけだ。冒険者が始めに学ぶ戦闘の初歩だな。それを極限まで突き詰めた状態だ。素手でもこれくらいできなきゃ勇者にはなれない」
「なんだ、そんな簡単なことだったの? 体内の魔力で攻撃力や防御力を上昇させるあれよね。だけど確か、人間って攻撃と防御を同時には両立できないんじゃなかった?」
「そうだな。人間は魔族ほど器用に魔力を扱えないから、魔力を破壊力の向上に回している間、防御はどうしても手薄になる」
「つまりセラクは今、魔力を攻撃力に全振りして壁を殴ったのよね?」
「そういうことになるな」
それを聞くと、クレイは「うわ……」という動揺した声を漏らし、顔を引きつらせた。
「……想像するだけで痛いわ」
「ああ、痛いぞ……めちゃくちゃ」
威力は上がっても痛覚はどうにもならない。普段から防護用の手袋を付けているので血こそ出ないものの、右手がとてつもなく痛い。ジンジンする。
「……まあとにかく、とりあえずこれで牢からは出られるようになったな」
「ええ、それはそうだけど……」
と、クレイは両手両足を縛られた状態にも関わらず、器用に立ちあがりながら言った。
「これじゃあ満足に歩けないわ。鎖のせいで魔力も使えないし、ピョンピョンと、間抜けにジャンプで移動するしかないわね」
「いや、魔王の娘にそんな不甲斐ないことはさせないさ」
「……? なにか考えがあるの?」
「ああ、良い方法がある」
そう言って、俺はクレイの腰に手を回し、彼女を自分の脇腹に抱えた。
「……セラク」
困惑した様子で、クレイは言う。
「良い方法って……これ?」
「そうだ」
「色々と言いたいことがあるんだけど……聞いてくれる?」
「歩きながら聞いてやる」
こうしてようやく、右手を痛めている勇者は――というか俺は、両手両足を縛られた魔族の少女を抱えた奇妙な状態で、地下牢を後にした。