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31 魔力障壁の稼働条件

……あ、出てきた。


「……では、今日はこれで失礼します」

「ああ、ではまた後日連絡する。墓地を掘り起こす許可もこちらで取っておく」

「お手数をおかけします。……それでは」


 言って、団長室の扉を静かに閉めるエリティア。


「さて、行きましょうかダメーナ……」


 と、来た時よりも明らかに憔悴した様子で城の出口へと向かう。

 二時間ほど出てこなかったが、一体中で何があったんだ……。


「…………」


 城の出口までは、規模の大きい廊下をただひたすら歩いて行くだけだ。すれ違う人間の会話が聞こえることもなければ、こちらの会話が聞こえることもない。

 とはいえ、なんと声を掛ければいいのか分からない。やはり、俺がラミス姉さんとの関係を黙っていたことを怒って――


「――お姉さん、いたんだね」


 唐突に、こちらに顔を向けることもなく、エリティアは言った。


「……ああ、いた」

「なんで言ってくれなかったの?」

「……ごめん」

「セラクはラミス団長くらい髪の長い子が好みなんだ?」

「いや、別に……」

「ショートとロングなら?」

「……ロング」

「で、ラミス団長みたいに身長が高い女の人が好き、と」

「待て。それは違う。なにか勘違いしてないか? あの人はブラコンだが俺はシスコンじゃない」

「ロリコンだもんね」

「…………」


 キレキレの毒舌。

 めちゃくちゃ怒ってる……。


「隠してたのは悪かった。ただ、中身がああいう人だから……姉さんのファンなら尚更教えられないなぁと思って……」

「ふうん。あくまで私のためだって言うんだ?」

「……そういうことにしておいてください」

「ま、いいや。今日はお姉さんから色々と教えてもらったし、許すよ」

「色々って……?」

「セラクが今まで一度もお姉さんに勝てていないこととか。いまだに一緒にお風呂に入ったりすることとか。あと――」

「ストップ。前者は真実だが後者は誤解だ。俺が先に入っている時に姉さんが強引に乱入してくるだけで、俺が了承したことは一回もない。それだって数年前の話で、そもそも最近はロクに顔を合わせてないし……」

「ラミス団長。もしセラクが生きてたら、あばらが折れるくらい抱きしめたいって言ってたよ」

「怖っ……!」


 見つかったら終わりだ。色んな意味で。


「あ、それでね、明日にでもセラクを埋めた場所を掘り起こしに行きたいらしくて、なんとか明後日に引き延ばしたけど……どうしよう?」

「マジか……等身大の人形とかじゃバレるだろうしなぁ……」


 一難去ってまた一難か。


「ラミス団長が『自分の目で確かめないと気が済まない』と言っている以上、掘り起こすのは確定だよね。そのための場所も確保しないと」

「ごまかせる気がしないな。いっそ王都から逃げ出した方がいいかもしれない。……そうだ、魔力障壁については聞けたか?」


 クレイが王都から出ることができれば、俺もここに留まる理由はない。解決策としては最善だ。

 ――しかし。


「う、うん。話題には出して、有力な情報も聞けたんだけど……」


 言い出しにくそうに、エリティアはそこで言葉を途切れさせた。

 彼女は一体、姉さんから何を聞かされたのだろう。


「エリティア、話してくれるか?」

「…………」


 少しの間が空いたあと、エリティアはこくり、と軽く頷き、口を開く。


「……魔力障壁は外部から接触した場合、その物体の魔力量を感知して、事前に取り決められた設定に基づき、透過か反射で機能するらしいの。一般的な人間が難なく通過できる程度の魔力量に設定してあって、多大な魔力を持つ魔族は通れない仕組みになってる。ラミス団長は人間の中じゃ桁外れの魔力を持っているから、万全の状態だと魔力障壁に弾かれて王都に入れないんだって」


 なるほど。それでクレイは王都に入れたのか。あの時は連戦でかなり消耗していたからな。


「ということはつまり、クレイは魔力を消費した状態なら王都から出られるのか」

「……ううん。最後まで聞いて」

「……?」

「今のはね、王都の外から魔力障壁に接触した場合の話で、内部からだと話は変わってくるの。王都内から干渉してくる物体に対して、魔力障壁は『人間が保有しておらず、魔族のみが有しているとされる特殊な魔力を感知して弾く』という設定で機能している……らしいの」

「…………」


 一筋の冷や汗が――兜の中を伝う。

 

「魔力ってさ、どれだけ消費しても完全なゼロにはならないよな。もうしばらくは魔力を扱えないと感じるくらい消耗しても『身体のどこにも魔力が無い状態』にはならない……よな」

「……そうだね」


 いくら汗をかいたとしても、身体から水分が無くなる前に脱水症状で機能不全を起こすように。

 いくら血が出たとしても、身体から血液が無くなる前に失血死するように。

 いくら魔力を浪費したとしても、身体から魔力が無くなる前に疲労感で気絶するのだ。


「じゃあ、一度王都に入ってしまった魔族は……クレイは……」

「……うん。もう王都の外には出られない」


 エリティアは言った。

 そう返ってくるのは分かっていた。

 それでも受け入れられなかった。

 

「ど、どうしてそんなややこしい条件なんだ? 外からの場合でも魔族の魔力を弾くようにしておけばいいだけじゃないか」

「……現在は近郊の街も栄えているから王都に魔族が寄り付くことはなくなったけど、昔は割と王都を狙ってくる魔族もいたらしくて、そういう魔族は王都内に閉じ込めて逃げ場を無くしてから、持久戦に持ち込んで倒してたらしいよ。……その頃は『魔力牢』って呼ばれてたんだって」

「壁じゃなくて牢屋か……確かに、そっちの方が意味は合ってるな」

「とにかく、一度セラクの家に戻って解決策を考えよう。今から――ちょっとごめん」


 エリティアはそこで、前方向から歩いて来ていた兵士が自分を目指していることに気付き、言葉を止めた。


「――エリティア様! お探ししておりました!」

 

 着ている鎧に目立つ刻印が施されていない。どうやらこの城に勤めている一般兵士らしい。


「どうしたんですか? 訓練中に怪我人でも?」

「いえ、王様からお話があるそうなので、エリティア様を見かけ次第声を掛けるように言われておりました。既に他の者から聞いておられたなら申し訳ありません」

「初耳でした。伝えてくれてありがとう。すぐに向かいます。行きましょうダメーナ」

「ああ、その、申し訳ありません。とても重要な話なので、エリティア様一人で来るように、と王様は仰っていました」

「……そうですか。ではダメーナ、また後ほど合流しましょう。それまでは自由にしてくれていて構いません」


 エリティアはキチンと雇い主のように振る舞い、不自然さを微塵も感じさせない。それを壊してしまわないよう、俺は無言で頷き彼女を見送った。

 そして、その足で城を出て城門を潜る。入城する際は身分を確認されるが、城から出ていく時は既にそれを済ませているので止められることはない。


「…………」


 ……どうすれば。

 どうすれば――いい。

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