3 魔族の少女、その措置について
――殺せ。
王都へ帰り着き、報告のためすぐに城へ向かい国王に謁見した。クターニーとカサマが魔王を切り伏せたという報告を聞き、王は大層喜んだ。
そして、俺が魔王の娘を捕虜にしたという旨を伝えると、一言目に返ってきた言葉がそれだった。
王の周りに仕えている家臣たちも、誰一人反対しなかった。……いや、内心ではなにか思うところがあった者もいたのかもしれないが、ともかく、王の前で少女の措置に反対したのは、俺とエリティアだけだった。
それから数日間、俺は毎日王に謁見し、少女を開放することを進言した。しかし、魔王亡き今こそ、魔族を殲滅する絶好の機会なのだ――と、そんな答えしか返ってこなかった。
もちろん、城内に囚われている魔王の娘にも毎日会った。最初の内は口もきいてくれなかったが、足繁く通って話しかけ続け、魔王の暗殺について事細かに説明した。
あれは勇者にすら明かされず秘密裏に練られた計画だった事。城内に魔王以外の魔族がいなかったのは、単なる誠意だけではなく、彼の権力が及ばない魔族たちが手を回していたかもしれないという事。
そして――少女が拘留されてから四日目の夜。多少は会話の相手をしてくれるようになったことに喜びを覚えながら、俺がもう何度目か分からない王への謁見を試みていると、廊下で兵士に呼び止められた。「セラク様。王から話があるようです」――と。
正直、期待していなかったといえば嘘になる。何度も説得に訪れたことで王の考えが変わったのだと、その時の俺は本気で思っていた。
結論から言えば、俺が王から告げられたのは、彼女の処刑の段取りについてだった。
王都の兵士たちの前で彼女を磔にし、魔術師たちによる火術で火炙り。その後、魔王討伐の立役者である勇者が、その邪悪な血を引く魔族の首を落とす……と。
これで兵士の士気はさらに増すだろう。明日の正午に執り行うので、それまで英気を養っておくといい。……他にも何か言われた気がしたが、覚えていない。
俺は精一杯表情を取り繕い、王の間を後にした。その際、クターニーと入れ違いになった。どうやら、一人づつ個別に話すつもりだったらしく、俺が最初に呼ばれていたようだった。
「よおセラク。その浮かない顔から察するに、王様の話はあの魔族の待遇についてだったみたいだな。当ててやろうか? 観衆の前で派手に処刑する――って言われただろ? ハハ、そんな顔するなよ。それがあの魔族の一番有益な使い方じゃないか。……まあ、とは
いえ、確かに殺すのは惜しいかもな。だって――」
あの魔族の容姿は中々の上玉だったし、セラクが捕虜として提出しなければ、人間の女に飽きた富豪に高値で売って、俺たちの活動資金にできたかもしれないのに。
クターニーの話をそれ以上聞いていられなくなった俺は「立ち話は終わりだ。もう行け。王様が待ってるぞ」と送り出し、その場を離れた。
そして、あてもなく、人気の少ない石造りの廊下をゆっくりと歩いた。
邪悪な血が流れているのはどっちだ……。
一歩踏み出すたびに、自分の中で何かが変わっていくのを感じた。
その日の深夜、静まり返った城内で、俺は地下牢に向かいながら――
「辞めようかな……勇者……」
そう呟いた。
いなくなった「魔王」も「勇者」も、すぐに後釜が見つかるのだろう。俺の時もそうだった。
数ヶ月、数週間、早ければ数日で。……だが、少なくともその日が訪れるまでは――
この世界から――魔王と勇者はいなくなった。
「でも待遇自体はいいんだよな……旅先の宿代とかタダになるし、勇者を辞めたら辞めたで生活は苦しくなるよな……ハァ……だけどもう戦う気も失せたし、どうしよう……生活を取るか、プライドを取るかってところか……うーん……」
……やっぱり訂正。
この世界から魔王と勇者はいなくなる――かもしれない。