29 ラミス・ラーミックという姉ー2
姉さんがいる時はできるだけ王都に近寄らないようにしていたのに……。
「お、弟!? ラミス団長はセラクのお姉さんなんですか!?」
「なにをそんなに驚いている。名前が同じだろう。セラクから聞かされていないのか?」
「いえ全く。というか一度否定されました」
「…………」
こちらを振り返りはこそしないものの、なんだかエリティアからの圧力を感じる。
後が怖い。
……とにかく、これ以上は危険だ。ここはもう「今度墓地に行って掘り返してみましょう」とでも言って機会を改めるしかない。あとは雑談を装って魔力障壁のことだけ聞き出して撤退した方が……。
「そうか。セラクは私のことを姉として紹介していなかったか。それは我が愚弟がとんだ失礼をしてしまったな。では、僭越ながら私から説明しよう」
「聞きたいです! ぜひ!」
……できそうもないな。
「私は子供の頃からずっと六路騎士団の団員になりたくてな。必死に騎士としてのなんたるかを学び、その実践の練習相手としてセラクには、小さい頃から私が徹底的に戦いを教え込んだ。その内セラクも六路騎士団に入りたいと言い出し、おまけに俺は団長になる――とまで豪語していた。だが結局、今はこうして私が団長を務めているから、拗ねているんだろう」
「…………」
しみじみと言っているけど……姉さん、違います。俺はラミス姉さん以上に団長としての素質がある人間を知らないし、魔術が使えずに六路騎士団に入れなかったことで、それを根に持って姉さんとの繋がりを隠しているわけでもありません。
「へえ、騎士団長と勇者の姉弟ってなんかすごいですね……!」
「そうだろう? そんないい反応をしてくれるエリティア嬢にもっと込み入った話をしたいんだが……聞いてくれるか?」
「もちろんです!」
「他人に伝わると困る話だ。できれば二人きりでしたいんだが、どうだろう?」
「信用のおける従者ですから心配ありません。どうしてもと言うなら席を外させますが」
「いや、エリティア嬢がいいならいいんだ」
「…………」
まずい、今度こそ本当にまずいぞ。姉さんのメッキが剥がれる。だけど止めようにも不審な行動は取れないし……。
俺が直立不動の状態で、しかしその内心とてつもなく焦っていることなどお構いなしに、ラミス姉さんは言った。
「エリティア嬢は――セラクのことが好きだな?」
「……へ?」
ラミス姉さんの言葉が音としてエリティアの耳に伝わり、とりあえずの相槌。それからコンマ数秒遅れて意味が伝わる。
「……わ、私がセラクを!? なっ、なんでバレ――いえ、どどうしてそう思うんですか!?」
これ以上ないほどに取り乱すエリティア。
そうです、と言っているようなものだった。
「分かるとも。姉としての勘だ。私が弟について知らないことは何一つない。エリティア嬢、君は可愛らしくて健気な性格をしているが……もう一歩だな」
ラミス姉さんはソファから立ちあがり――グイッとエリティアに顔を近づける。
「セラクは私の大切な弟だ。私以上にいい女でなければやらせはせんぞ。エリティア嬢がセラクの相手としてふさわしくなる方法を伝授してもいいし、もしくは、エリティア嬢がセラクのどこをどう好きなのか、私が察知した限りのことを暴露してもいい。さあ、どちらにする?」
「やらせはせんぞ」ってそんな……一応、もうセラクは死んだことになってるんですけど……。
「……ダメーナ。ちょっと部屋の外で待っていて」
と、エリティアは顔を真っ赤にしながら呟いた。
……まあ、前者だろうな。ただ、どちらにせよ俺はここにはいられないらしい。
深々と頭を下げ、俺は団長室を後にする。
「…………」
人の平穏ために、その美貌を顧みることなく戦い、実力を誇示して上り詰め、王都の精鋭を束ねる存在にまでなった。俺はそんな姉を心から尊敬している。
……ただ一点、重度のブラコンであることを除いては。
セラク・ラーミックが、人間の鑑ともいえるラミス・ラーミックを姉として周りに紹介しない原因は、それが九割九分を占めている。




