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28 ラミス・ラーミックという姉ー1

そして、六路騎士団長室前。部屋の前には一人の兵士が立っていた。


「お待ちしておりましたエリティア様。ラミス団長が中でお待ちです」


 礼儀正しく挨拶をする騎士。その出で立ちは……なんだろう。見覚えのある顔というか、聞き覚えのある声というか、どっかで会ったような気もするが……まあいいか。


「あの、私の従者も一緒に中に入っても?」

「ええ、構いません。エリティア様のご同行者は速やかにお通しするようにと、団長から承っております」

「そうですか。ご信頼頂いているようで恐縮です」

「…………」


 相も変わらず煩わしさを取っ払った効率重視。姉さんらしい。

 騎士は団長室の扉を開け、エリティアと俺を招き入れる。そして、何故か既に応接用のソファに腰掛けていた自らの上司に、ハキハキとした口調で言った。


「団長。エリティア・リートルタイム様がお越しになられました」


 そう伝えられた騎士団長は「ご苦労。下がってよし」と騎士を部屋の外に下がらせたあと、俺たちをゆっくりと一瞥する。 

 スラっとした長い脚を上品に組んで、青黒い光沢を放つ髪を腰元まで伸ばしている。一見、とても戦闘職には見えないこの人が、血縁上、俺の姉にあたる人物にして、王都の精鋭部隊「六路騎士団」の団長を務める女騎士――ラミス・ラーミック。


「――やあ、今日はよく来てくれたな。突然の呼び出しにも関わらず律儀に赴いてくれたことを感謝する」


 毅然とした表情で感謝の言葉を口にするラミス姉さんに、エリティアも応える。


「い、いえ、そんな滅相もございません。ここ、こちらこそ、今日はお会いできて光栄です……!」


 ……かなり動揺している。しかし、これは憧れの人物に会えたことによるものなので問題はない。


「さあ座ってくれ。一刻も早くエリティア嬢の話を聞きたい」

「し、失礼します……!」


 ラミス姉さんに言われるがままに、エリティアは足の短いテーブルを挟み姉さんの対面のソファに座った。その警護役らしく、俺はエリティアの背後に立つ。


「いやぁ、それにしてもエリティア嬢。君は先日の襲撃の際も王都のために甲斐甲斐しく貢献してくれたそうじゃないか。六路騎士団の多くが不在の中よくやってくれたな。今回の戦闘を讃え、セラク共々褒賞したいと思っていたのだが……」


 そこでラミス姉さんは一度言葉を切り「まあ、部下は誰も見ていないし、前置きや建前は必要ないか」と改めて再開した。


「エリティア嬢、セラクは本当に死んだのか?」


 ――と。


「……はい。勇者セラクは、捕虜にしていた魔族を取り返しに来た別の魔族と戦闘になり、衰弱していたところをオークに討ち取られたのではないかと」


 神妙な雰囲気で返答するエリティア、彼女に嘘をつかせてしまうのは、本当に申し訳ないことだ。


「死体はどうした?」

「傷がひどく、他の人物に見せられる状態ではなかったので私が埋葬しました」

「それを掘り起こせるか?」

「ほ、掘り起こす……!?」


 予想外の提案に、エリティアが取り繕っていた神妙さがもう剥がれた。


「死者を掘り起こすのは倫理観的にどうなんでしょうか?」

「もちろんアウトだが、埋まっていない可能性がある」

「……? 私は確かに埋めましたけど……」

「それはいつの話だ?」

「魔族が撤退を始めてから十五分後くらいの話です。路上で倒れているセラクを見つけて、すぐに墓地へ向かいました」

「その華奢な身体でセラクを運んだのか?」

「……無我夢中でしたから」

「ふむ、なるほどな」


 ラミス姉さんは髪をかき上げ、エリティアに向き直る。


「あの日、戦闘直後のセラクを見たと言っている部下がいるんだ」

「……!」


 そうか、思いだした。部屋の前に立っていたのはあの日あった六路騎士団員か。どおりで謎の既視感があると思った。


「その部下が言うにはな。『セラク様は捕らえていた魔族の少女を抱えた状態で、襲撃してきた魔族を撃退したようです。受け答えも通常通りに可能で、疲労はしていたようでしたが、敵に虚を突かれるような状態には見受けられませんでした。あと、魔族の女の子はとっても可愛かったです』――と」

「……はぁ」


 エリティアは困惑した様子で気の抜けた返事をした。それも納得。最後の一言は報告としていらなかっただろ。


「えっと、つまり、セラクはロリコンで、自分が死んだことにして魔族の少女を誘拐したということですか?」

「ああ、そういう考え方もあるな」

「…………」


 いや、ないよ。そんな考え方はない。

 エリティアは論点をすり替えようと画策しているのだろうが、姉さんが乗ってくる意味が分からないぞ。

 

「まあ、冗談はともかく」


 背もたれに身体を預け、ラミス姉さんは言う。


「――正直、私はセラクの死をまだ認めていない。エリティア嬢を疑っているわけじゃないぞ。ただ、実際にこの目で見るまでは信じられないというだけだ」

「それは……勇者セラクがそう簡単に負けるはずがないということですか?」

「極限まで簡潔に言えばそうなるな。死んだふりをしてエリティア嬢を欺き、今頃どこかでひっそりと暮らしているかもしれない。元々、あいつは勇者をやるのに乗り気じゃなかったからな」

「あいつ……? ラミス団長はセラクとお知り合いだったんですか?」


 まずい、その質問はまずいぞエリティア……。


「知り合いもなにも、セラクは私の弟だ」

「…………」


 数年間なんとか隠し通そうとしていた努力が、ものの数分で崩れ去った。

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