25 来客者襲来ー1
「――何事も早いに越したことはないわ、明日、早速そのなんとか団の団長さんに会いに行きましょう」
食卓に用意した夕食をもきゅもきゅと頬張りながら、クレイは言った。
もはや見慣れた光景だったので、そこについては特に言及はしない。
六路騎士団の話が優先だ。
「そうは言ってもなぁ。俺たちは身分を証明できないから城に入れないし、仮に入れたとしても六路騎士団の団長には到底会えない。まずはエリティアに会って頼まないと」
「だったら明日はエリティアに会いに行きましょうよ」
「うーん……実際、それもかなり難しいんだよな。気さくな奴だから話しててもあまりそういう感じはしないけど、あいつは一応、王都で五本の指に入る回復魔術師だからな。一般人がそう簡単に会えるような人物じゃないんだ」
「他に魔力障壁の仕組みを知ってそうな人に心当たりはないの?」
「あるにはあるけど、そういう人は全員役職に就いてる。会うのはエリティア以上に難しいだろうな」
「じゃあ、エリティアの家で出待ちする?」
「どこに住んでるのか知らないから無理だ。ただ、南門の騒ぎにあれだけ早く駆け付けたってことはあの近くに住んでるのかもな」
それに、エリティアに会うのが難しいのは当然として、会った後にも問題がある。
「……俺もお前もさ、今生の別れみたいな感じでエリティアと別れたけど、一体どんな顔して会えばいいんだろうな」
「確かにセラクは『今までありがとうな。エリティア』みたいなことを恥ずかしげもなく言っていたわね」
「お前もだぞ。『もう二度と会う事はないでしょうけど、今度会った時はクレイと呼んでくれて構わないわ』とか言ってただろ」
「そんな言い方はしてないわよ!」
「いや言ってた! どうする? エリティアに会ったらクレイちゃんって呼ばれるんだぞ、お前」
「あ、あれは呼び捨てでいいって意味で言っただけであって、ちゃん付けされるのは予想外だったっていうか……」
クレイはエリティアの母性を甘く見たな。あいつは年下の男の子と女の子には目がないんだ。
……そんな言い方をするとなんだか危なく聞こえてしまうけど、もちろん健全な意味で、だ。
「まあでも、別にいいじゃないか。なあ、クレイちゃん?」
「うるさい! クレイちゃんって呼ぶな!」
「ハハ、可愛いと思うけどなぁ……?」
「あっそ! だったらその可愛いクレイちゃんが、今からこの家を燃やします!」
「やめろ! そんなことしたら二人とも路頭に迷――」
コンコン。
インフェルノの構えを取ろうとしたクレイを俺が止めようと席を立った瞬間、玄関のドアから音がした。
誰かが――扉をノックした音。
それを聞き、二人とも一瞬にして静まり、固まる。
「……ちょっ、誰か来たわよ!?」
「おかしい。この家に俺が住んでることを知ってる奴はいないはずなんだがな……」
隣人も知り合いではないし、本当に思い当たる人物が存在しない。
だとすると……いや、だが、それにしては早すぎる。しかしそれ以外に考えられない……。
「……バレたのかしら?」
クレイは「何に」かは言わなかったが、そんなものは付けずとも理解できた。
「いやいやいや、ありえない。いくらなんでも早すぎるだろ。王都は広いんだぞ。そう簡単に俺たちのことがバレるわけ……」
「じゃあ……『怪しい奴が女の子を連れて歩いてる』って通報があったんじゃない?」
「……それはありえる」
外では常に武骨な兜を被っているからな。悲しいことだがありえてしまう。
「……とにかく出てみる。一応、どっかその辺に隠れとけよ。……これを被って……っと」
俺は玄関口に置いておいた兜で顔を隠し、ゆっくりとドアを開けた。
そこに立っていたのは、白いローブに身を包んだ少女。エリティア・リートルタイムだった。明るい衣服とは対照的に、その黒髪は夜に溶け込んでいる。
なんだ、どうしてエリティアがここに……?
「あ、セラ――ひっ!?」
ドアを開けて現れた俺の顔を確認するなり、エリティアの顔は引きつった。
……そりゃ怖いよな。家の中から兜を付けた奴が出てきて、そいつが無言だったら。
「すっ、すすみません! 知り合いの家と間違えました! あ、あの、夜分遅くにごめんなさい! 失礼します!」
しどろもどろになりながらも素早く踵を返すエリティア。状況が全く理解できないが、これは絶好の機会だ。
そそくさと立ち去ろうとするエリティアの腕を、俺は咄嗟に掴んだ。
すると。
「ひゃあ! ごめんなさい! ごめんなさい! 悪気はなかったんです! どこか怪我をしてたら治します! 身体の調子が悪かったら治します! だから許してください!」
「…………」
……まるで命乞いだ。
「街中で兜を被っているってことは、お顔に傷があるんですか? それ治しますよ! 傷痕を目立たないようにすることもできます! だから、あの……黙ってないでなにか言ってくださいよぉ……」
と、エリティアは半泣きでこちらを見つめる。そんなに不気味なのか、この恰好……。
「……落ち着け、エリティア」
「ひぐっ……名前まで知ってくれてるなら生かして返してください……最近好きな人と離れ離れになってヘコんでるんです。今日だって、もしかしたら会えると思ってたのに……お兄さんは少しも悪くないですけど、こんな私に同情したなら手を放してください」
「…………?」
「私を知っているのなら、カサマとクターニーもご存じですよね? 私が行方不明になったらあの二人が報復に来るかもしれません。いい人たちなんですけど、敵と見なした者には容赦しないタイプなんですよ。ですからここはお互いのために……」
「いいから話を聞け。俺だ、セラク・ラーミックだ」
「……へ? セラク……? セラクなの?」
エリティアは目をパチパチと瞬かせながら、俺の足元から顔にかけて、順に見上げていく。
「そう言われてみると、確かに靴とか服はセラクっぽい……っていうか今の聞いてたの!?」
「『聞いてたの!?』って、そもそも俺に言ってたんだろうが」
「それはそうだけど……セラクだとは思ってなかったから……」
はぁ、と大きなため息をつくエリティア。
なんだこの状況……気ぃ遣うな……。
「……まあ、なにも聞かなかったことにしておく。ほら、この兜ゴツくて音が聞こえにくいから。な?」
「…………うん」
よし、もうこの話題はさっさと流そう。
「それより、どうして俺の家を知っているんだ?」
「あ、それは以前セラクの後をつけ――じゃなくて、前に偶然見かけたことがあって、その時にたまたま、この家に入っていくのを目撃してたっていうか……」
「……へぇ」
ここに住み始めてからもう一年になるが、住所がバレてしまわないように帰宅の際は細心の注意を払っていた。そんな俺の目を掻い潜るとは中々やるな。
……ただ、この話題もダメそうだ。
「……質問を変える。なぜ、俺が王都から出て行ったことを知っていながらこの家を訪ねた? 俺が置いて行った私物狙いか?」
と、ひとまず最低限のハードルを設置する。これくらいは越えてくれないと困るぞ……。
「いや、流石にそれは罪に問われるからできないよ」
「問われなかったら?」
「……そんなことより、相談したい事があったからダメ元で来てみたんだけど、いてくれてよかったよ。でも、どうしてまだ王都にいるの? クレイちゃんも一緒?」
あからさまに流された。まあ別にいいけど。
「ああ。色々事情があってな。だけどちょうどよかった。お互い話したいこともあるみたいだし、あがっていけよ」
「あ、うん。じゃあお言葉に甘えて」
エリティアを室内に招き入れ、ドアを閉める。これ以上路上で騒いでいたら兵士を呼ばれてしまうからな。そうなったらシャレにならない。




