24 修行タイム 急
そして――五日目。
「よし、それじゃあこの前の魔法を出してみろ」
午前の修行を終えて昼食を済ませ、空き地に戻ってきて早々、辺りに人気がないことを確認して、俺は言った。
「でも……」と不安げに自らの両手を見つめるクレイ。
「……うまくできるかしら」
「そう気負うな。まだ五日目だからな、進捗の程を確認するだけだ」
「そ、そうよね。じゃあやってみるわ。私にしては結構頑張った方だし、少しは上達してるといいけど……」
そう言って、クレイは両手の間に15センチほどの隙間を空けて構え、そこに魔力を集中させる。
「…………」
熱で空気が揺らめき、やがて、クレイの手の間に澄んだ火が灯った。
五日前とは明らかに違う安定した燃え方。その炎の色は、とても鮮やかなオレンジ色をしている。
すごいな、いくらなんでも早すぎる。その上達速度には素直に驚かされ……いや、俺よりもっと衝撃を受けている奴がいた。
たった2人しかいない空き地ではあるが、この場において、最も驚いていたのはクレイ本人だった。
「インフェルノ……」
自らの手中で煌めく炎を眺めながら、クレイはポツリと呟く。
「そういう名前だったのか? それ」
「……ええ、アルジーラお姉ちゃんがいつも使っていて、気に入らないものがあったらなんでもかんでも燃やしていたわ」
「……危ないな、その人」
「だけどとっても温厚な人よ。お姉ちゃんが怒ることなんて滅多にないんだから」
あることにはあるんだ……。
「……それで、そのインフェルノっていうのは火の玉を生成する魔法なのか? 一応、魔術にも似たようなものがあるぞ」
「フフ、そんじょそこらの魔術とはレベルが違うわよ。いい? インフェルノっていうのはね、火球を作る魔法ではなく、炎を操る魔法なのよ。温度も形状も自由自在。放水するみたいに火を噴射したり、敵の攻撃を防ぐ壁にしたりもできるんだから」
言いつつ、クレイは手のひらの炎を身体の周りに滞留させ、様々な形状に変化させた。
次から次へと目まぐるしく形を変える明色の炎。それは壮観の一言に尽きる。
こんなに綺麗な火を戦闘に使うのはもったいないな――なんて幼稚な感想を抱いてしまうくらいには。
クレイはしばらくの間炎を動かしその感覚を確かめていたが、やがて満足したのか、それとも魔力が少なくなってきたのか、ともかく、徐々にインフェルノの規模を小さくし、消滅させた。
そして。
「お姉ちゃんと同じ魔法……これでもう、誰にも迷惑を掛けないで済むのね。お父さんにも、お姉ちゃんにも――セラクにも」
今にも爆発しそうな喜びを抑え、クレイはしみじみと言う。
そこからゆっくりとこちらを向き、俺に目を合わせた。
「セラク、私……」
「ああ、やったな。よく頑張った」
「頑張ったなんてそんな……褒められるようなことじゃないわ。これは私が不甲斐なかったせいでこうなっていたんだから」
「それでもいいだろ。魔法を扱えるようになったのは事実なんだから喜べよ。喜んでいいんだ。むしろここで喜ばなかったらもう機会はないぞ」
「そうね……うん……分かった」
と、クレイは深く頷き、
「――やったぁ! やったわ! セラク!」
無邪気な言葉で喜びを表現し、俺に抱き着いた。
……喜びが爆発するの早っ。
「ありがとうセラク! 最初はあなたを殺そうとしていた私に、ここまで親切にしてくれて……!」
「…………」
本来、俺がクレイに感謝される筋合いはない。そんな資格はどこにもない。自分が率いたパーティの仲間が、彼女の父親を殺めてしまっているのだから。
感謝する必要は無い、と否定したい。しかし、クレイだってそんなことを言われたところで反応に困るだけだろう。
だから。
「……いいんだよ、お互いさまだ」
そう、言葉を濁しておく。
実際、俺は殆どの時間クレイを眺めていただけで、時々アドバイスをしていた程度だ。
本当の本当に、俺がクレイに感謝される理由なんてない。
……ただ、なんだろう、この気持ちは。身体がじんわり温かいというか、熱いというか、そうか、これが感謝されるという気持ち――いや、物理的に熱いぞ!?
「あっつ! 熱い熱い熱い! おい! ちょっと一旦離れろ!」
何故だかとんでもない高温状態になっているクレイを、俺は強引に引き剥がす。
「なに? どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ……めちゃくちゃ熱いぞお前」
「……熱い? 私が?」
「ああ、多分インフェルノの余熱が残ってるんじゃないのか?」
「でも、お姉ちゃんはそんなことなかったわ」
「ということは、まだ完全には使いこなせてないんだな」
「……私、そんなに熱かった?」
「なんというか、こう、熱した鉄板に抱きしめられてるのかと思った」
――誰がまな板よ! 無いんじゃなくて大きくないだけよ!
と、最早こちらに非がないとさえ思えるレベルで過敏すぎるツッコミが入ったあと、そこから数時間、クレイはさらにインフェルノの扱いに磨きをかけ――
――五日目。夕方。
クレイ・ニアヴェルディは魔族である。魔力というものに生まれながらに親しみ、それを意識せずとも使いこなすことのできる種族である。たとえ今までそうではなかったとしても、きっかけさえあればトントン拍子で習得できる、天性の才能を持っている少女である。ここまでスムーズにいくとは予想していなかったので、正直驚いた。
しかし、その驚きはあっさりと、帰路で耳に挟んだ兵士同士の会話によって上塗りされた。
……どうやら今日の夜、六路騎士団が王都に帰ってくるらしい。




