23 修行タイム 破
「――じゃあとりあえず今日は、身体の中で魔力を循環できるようになるまで頑張るぞ」
「……それってどういう状態?」
一通り説明はしたのだが、それでもイマイチ納得できないといった風に、クレイは言った。
「言葉通りだ。魔力を体内で留め続けて肉体を活性化させるんだよ」
「ふうん。それは手のひらの辺りで純度を高めた魔力を炎に変換させるのとはまた違うの?」
「……それってどういう状態?」
今度は俺が訊き返す。
「魔法の話をされてもよく分からない。とにかく、体内で生成した魔力を外に漏らさないように意識してみるんだ」
「……わかった、とにかくやってみるわ」
と、クレイは一度深呼吸をしたあと、目を瞑って集中しはじめた。
邪魔をしてしまわないよう、俺はそれを黙って見守る。
「…………」
至極当たり前のことではあるのだが、人は、走るためには歩き方を知っておく必要があり、歩くためには立ち方を知っておく必要がある。
それは魔力の扱いにおいても同じで、魔術を使うには、武器や防具に魔力を流せるくらい精度の高いコントロール能力が必要になってくる。それらの基礎として、人は自らの体内で魔力を巡らせるところからスタートするのだが……。
クレイの話を聞いた限り、どうやら魔族はそうではないらしい。
クレイが住んでいたザイデンシュトラーセン城(会話中になんども訂正されたので覚えた)の世話係は、まだ幼かった頃のクレイに、魔法の使い方から教えたそうだ。それを彼女はうまく会得することができず、不完全な魔法のまま今に至った。
そうなってしまった原因としてはやはり、魔族にとって「魔力を扱う」という行動が当たり前のことだったからだろう。魔力を集積する角や尻尾がある分、彼らは魔力を人間よりも格段にうまく使いこなすことができる。
魔力を扱えて当然。だから子供たちには始めから魔法を教える。実に理に適っていると思う。
人間だってそうだ。早く走るコツを教わることはあっても、歩き方を教わる機会はない。それは子供が成長の過程で自ら習得する当たり前のことだからだ。
まあなんにせよ、クレイが段差とも呼べないような箇所で躓いていただけの話だ。ただ歩き方を覚えるだけ。この分だとすぐに――
「……ねぇセラク。魔力がだだ漏れなんだけど」
「え……?」
自分の周りをキョロキョロと見回しながら、クレイは言う。
魔力は肉眼では視認できないが、魔力の扱いに長けた魔術師などであれば、空気中に滞留しているものを感じ取るくらいことはできるらしい。クレイは魔力の流れに敏感な角や尻尾を持っているので同じことができるのだろう。
「そうなのか? 俺にはまったく分からないが」
「本当? こんなにたくさん出てるのに?」
「17にもなって漏らすなよ」
「人聞きの悪い言い方をしないで!」
「とにかく、根気よくやり続けるしかないな。身体に膜を張って、魔力を外に逃がさないイメージでやってみるといい」
一日目。
初日ということでクレイはまだ、魔力を体内ですらコントロールできていないようだったが、それでも彼女なりに、日が傾くまでしっかりと修練をこなした。……まあ、休憩を挟むことが多かったような気もしたけど。
二日目。
日を跨いでもやることは変わらず、昨日と同じように、体内で魔力を循環させる訓練に費やした。ゴルビーの一件から一日が経ち、市民にも情報がいき渡ったようで、街中では魔族の王都襲撃や勇者セラクの死亡についての話題で持ち切りだった。次の勇者が誰になるのか、とか。取り逃がした魔族がまた襲ってくるんじゃないか、とか。
三日目。
クレイの魔力操作は、昨日、一昨日と比べるとだいぶ板についてきた様子ではある。当初の見立て通り、この調子なら次の段階まであまり時間はかからないだろう。
王都での暮らしは、外出する時は常に兜を装着していなければならない俺に対し、クレイは比較的自由な恰好で過ごせている。精々、人の多い大通りを通行する際、帽子を被って顔を隠す程度だ。というのも、捕虜にしておいた魔族についての情報が少なかったため、市民たちが勝手に細部を補完し、まことしやかな噂話になっているからだ。
繋いでおいた鎖をたやすく引きちぎったらしい。魔力障壁を破って外に出たらしい。髪型は金髪のツインテールらしい……とか。
鎖を切ったのはクレイではなく俺だし、魔力障壁には鼻からぶつかって豪快に転んだ。極めつけとして、クレイは銀髪のセミロングだ。金髪でもなければツインテールでもない。
いったい誰だ、そんな己の趣味全開の噂を流した奴は。
……まあ、いいセンスだと思うけど。
四日目。
クレイの修業とはあまり関係ないことではあるが、俺はもう四回連続で、夜のベッドでの睡眠を賭けたジャンケンに負け続けている。毛布を一枚敷いたところで床は床だ。硬いものは硬い。今日は帰りに毛布をもう一枚買い足そうと思う。
で、クレイはというと、空き地に落ちていた木の棒を持ち、自分の魔力を帯びさせようと奮闘している。三日目の夕方時点で、クレイの体内での魔力操作は及第点まで到達していた。
魔力で身体能力を向上させながら帰り道を歩いたクレイは「いいわねこれ! まだまだ余裕で歩けるわ!」と、その疲労のなさに感動していた。
……ただ。
空き地に通うのももう四日目なわけで。そもそもそこまでの距離は歩いていないわけで。
だから、それはただ足が慣れてきただけなんじゃないだろうか。




