19 魔力障壁ー2
初めて機能しているところを見た。どういう状態で王都を防衛しているのか知らなかったが、こんなガッツリ「壁」として存在していたなんて……。
「ここにゴルビーが攻めてきた時にさ、王都に魔物が侵入できるはずがない――って俺が言ってたの覚えてるか?」
「……この見えない壁があるからそう言ったの?」
「そうだ。これこそが王都の安全を確立する絶対防衛機構『魔力障壁』だ」
「自慢げに言うんじゃないわよ! ……え、私、ここまで来て出れないの!?」
「魔力障壁のことは失念していたというか、そもそも気にも留めてなかった。おかしいな。通れないはずはないんだが……」
クレイを捕虜として連れてきた時は、魔力障壁に弾かれずに王都に入れることができた。つまり、クレイは一度障壁を抜けているのだ。
「一回通れたんだから、普通に出られるのかと思ってた……」
「その魔力障壁とやらは、どういう条件下で機能するの?」
「……分からん」
「……ワカラン?」
「ああ、魔力障壁の仕組みを知っている奴は本当に少ないと思う。22年間王都で生きてて、初めて発動しているのを見たのが今日っていうくらいには、人々にとって身近なものじゃない。『魔族の侵入を防ぐ魔術』そういう、ぼんやりとしたイメージだ」
「……セラクは知っておきなさいよ。勇者なんだから」
「魔術については詳しくない。あと、俺はもう勇者じゃない」
「ついさっきまで勇者だったじゃない。言い訳にはならないわ」
「……とにかく、ここを突破する方法を考えよう」
「ふーん……」
「…………」
腕を組み、眉間にしわを寄せてクレイの追及を逃れる。
「……まあ、そうしましょうか」
ジーっと向けられていた視線がようやく切られた。
「まず最有力候補なのは『魔族の魔力を感知して弾く』だけど、これだと私はそもそも入れないわよね?」
「そうなるな。ここはまず、王都に入れた時のクレイと、今のクレイとの『違い』を挙げていこう」
「そうは言ってもあれはほんの5日前のことだから、私は特に何も変わっていないわよ」
「……だよなぁ。あの時と違うのは……テンションとか?」
「テンション?」
「5日前のクレイは、俺たちを殺すために激情に駆られていただろ?」
「ないわね。ハイテンションな奴しか入れない街なんて聞いたことないわ」
確かに、あったら嫌だな……そんな街。
「うーん、他に思い当たる節といえば……あ」
一つ思いついたが……これはないな。
「どうしたのセラク?」
「いや、なんでもない」
「なにか思いついたんじゃないの?」
「……絶対に違うだろうから、言うほどのことじゃない」
「なによ、勿体ぶらずに言いなさいよ」
「いや、俺にしては珍しく失言せずに踏みとどまったんだ。だから言わない。というか言えない」
「セラクにデリカシーが備わっていないのには慣れてきたし、もうこの際気にしないわ。なんでもいいからとりあえず聞かせて。今は1つでも多く候補を挙げるのが大事よ」
「……分かった。じゃあ、まあ、一応言うけどさ……」
俺は一歩城後ろに下がり、クレイとの間に魔力障壁を隔てたことを確認して、言った。
「身体の清潔さ、とかじゃないか?」
ドガッ!
クレイが放った鋭い右ストレートは、俺の顔を捉える寸前で、魔力障壁に阻まれ鈍い音を立てた。
コイツ、顔面を狙いやがった……。
「あぶねぇ……!」
「フフ、壁があってよかったわね」
「お前……口より先に手を出すのはやめろ!」
「ごめんなさいね。つい」
「……クレイが魔力をうまく扱えるようになったら俺は多分、いつかお前に殺されると思う」
「そうならないように、発言には気を付けるといいわ」
「だから言えないって言っただろ! 今回は俺に非は無い」
「まあ、そうね。言うように促したのは私だから、今回は許してあげるわ。ただ、もしそんな条件でこの壁が機能しているとしたら、今すぐ名前を『潔癖症壁』に変えることをオススメするわ」
「王都を防衛する魔術機構としての威厳が微塵も感じられない名前だな」
……まあ、考え付いた時点で分かっていたことだし、当たり前ではあるが、これは違う。ここは多種多様な人間が出入りする王都だ。クレイより汚れている人間なんてたくさんい……これ、絶対口に出しちゃいけないやつだ。口を硬く結んでおこう。
俺がそんな決意に耽っていると、
「……そもそもこの壁、人間は全員通れるの?」
と、クレイは至極真っ当な疑問を提示し、俺に確認を取った。
「ああ、そのはずだ。王都に入れないっていう人間を見たことはな……あ、そういえば以前、現在の六路騎士団の団長が魔力障壁に引っかかって、王都から出られなくなった時期があったらしい。原因は関係者以外には明かされなかったから分からないけどな」
「だったらその人に会って聞いてみましょうよ」
「姉さ……ああ、いや、六路騎士団の団長は遠征中で王都にはいないし、なにより、俺もお前も人前には出られないだろ」
なにより、俺はあまりあの人には会いたくない……。
「それじゃあその人が帰って来たら、エリティアにお願いしましょうよ。一般人ならともかく、勇者パーティの一員ともなれば、申し出れば会わせてもらえるんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、エリティアは怪我人の治療で忙しいだろうし、次の勇者を決めるためのゴタゴタもあるだろうから、しばらくは会えないだろうな」
……というか、ついさっきいい感じに別れたというのに、一体どんな顔で再会すればいいんだ。
「つまりそれまでの間、私はこの街で暮らさなくてはならないのね」
「そうなってしまうな」
「地下牢で捕まってるよりはマシだけど、依然として肩身は狭いままね」
「そうでもないさ。クレイは角と尻尾さえ隠せば人間か魔族かの見分けがつかない。日常生活を送る分には問題ないだろう」
「じゃあセラクは? あなたはここの住民に顔を知られているんでしょう?」
「あー……確かに。なんなら俺の方が肩身が狭いかもしれない。生活していけんのかな、俺たち……」
「…………」
未来を危ぶみ二人して落ちこんでいると、ぐぅ、とクレイのお腹が鳴った。
「……お腹すいた」
自分の腹部を抑えつつ、恥ずかしそうに、小声で言うクレイ。
5日間捕虜だったうえに、クレイは人ではなく魔族だ。きっと、ロクな食べ物を与えられていなかったのだろう。
よし、明日のことは明日考えよう。とりあえず今日は――
「クレイ、王都から出る以外で他になにか望みはあるか?」
「それなら……温かいお風呂にも入りたいし、フカフカのベッドで眠りたいわ。でも、それを聞いてどうするの?」
「叶えてやるんだよ。よし、行くぞ」
言って、俺は通路から出て扉を閉める。
目的地変更だ。
「……行くって……どこに?」
「俺の家にだ」
困惑気味に尋ねてくるクレイへの回答として、俺は自宅がある方向を指さした。




